そして、私たちは愛に帰る - 岡本太陽

2007年のカンヌ国際映画祭で大喝采を浴び脚本賞を受賞!(80点)

そして、私たちは愛に帰る

 2005年にアメリカで公開された映画『Head On』という映画がある。トルコ系ドイツ人のファティ・アキン監督がベルリン国際映画祭で金獅子賞を受賞し、注目された彼の4作目の映画だ。そのファティ・アキンが昨年発表した映画がアメリカでも公開された。それは『そして、私たちは愛に帰る(原題:AUF DER ANDEREN SEITE)』という作品で、2007年のカンヌ国際映画祭で脚本を受賞している。

 この作品は3つの家族が登場する3つの章で構成されている。アリとネジャト・アクス父子、イェテールとアイタン母子、スザンヌとシャーロット母子の6人が物語の主なキャラクターで、この6人が3つの章の中で互いに関係し合いながら物語は展開してゆく。作品のスタイルはなんとなくアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの『バベル』を思わせる。

 ドイツのブレーメンに住む、定年退職し、妻もいないトルコ移民のアリ・アスクはある日孤独を払拭するため、娼街に向かう。彼はイェテールというトルコ人の中年娼婦と時を過ごすのだが、彼は彼女にある申し出をする。それは、娼業を辞めアリの家で一緒に住んでくれるのなら、娼婦として稼ぐ1ヶ月分の金を払うというものだ。はじめ真剣には聞き入れないイェテールだが、イスラム教徒のトルコ人に脅かされたのをきっかけに彼女はアリと一緒に住む事にする。アリには息子ネジャトがいる。彼はドイツ文学を大学で教えている教授だ。はじめは父アリがイェテールを一緒に住まわせている事を快く思わないネジャトだが、イェテールが働いた金をトルコにいる娘の大学資金のために送っている事を知り、彼女に好意を持ち始める。しかしアリはネジャトとイェテールが恋人同士になってしまうかもしれないという執着を持ち始め、彼はとんでもない過ちを起こしてしまう…。

 このファティ・アキンが書き上げた脚本はカンヌで脚本賞を受賞したのも納得で、登場人物そのものや物語で成される会話が素晴らしい。アキン監督は登場人物をいわゆる「良い人」とも「悪い人」とも描いていない。彼らを両面を持ち合わせた人間として描いている。ゆえにそれぞれの人間性が非常に興味深い。特に第3章の脚本は完璧に近く、台詞が心に響く。この映画を観終わった後は何とも言えない感情が心を支配するのだ。

 物語の中の主な登場人物6人は始め、互いに関係していない。しかし物語が進むに連れ、だんだんと彼らの関係性や絆が強くなっていく。特にアイタンとシャーロットの母スザンヌの関係性は劇的な変化を見せる。第2章でスザンヌはシャーロットがある日突然連れて来たドイツに違法滞在しているアイタンを快く思っていない。口争いすらしてしまうスザンヌとアイタンだが、第3章ではそれは氷が溶けるかの様に変化して行く。またアリとネジャト親子の関係性も興味深い。なぜなら、彼らの親子関係はある事をきっかけに一旦破綻してしまうからだ。それでも親子という絆は簡単には切れないのだ。

 『そして、私たちは愛に帰る』の登場人物には移民が多い。しかしこの映画は単に移民の問題を扱った映画ではなく、どうやって人は運命を受け入れるかや、人を許すという事を描いている。一言では表せない様なたくさんの側面を持ち合わせた作品だ。また、はじめは登場人物がどのような人物なのか分からないが、物語が進むに連れて、彼らの心の隅々まで分かる様に描かれている。よって登場人物達に自分の気持ちが入り込んでしまうため、これは非常にエモーショナルな作品といえる。

 物語のラストも素晴らしい。アキン監督は作品を観る者に登場人物達がどうなっていくのか連想させる。明らかな結末を知る事が出来るエンディングではないのだ。ネジャトは最後に黒海沿いのある村を訪れ1人は浜辺に座り海の向こうを眺める。一体彼が眺める海の向こうには何が見えるのか。これから彼はどうやって来る運命を迎えるのか…。わたしたちは『そして、私たちは愛に帰る』でファティ・アキンが創り上げる非常に知的な物語に酔いしれるだろう。またこの『そして、私たちは愛に帰る』という素晴らしい作品の後に公開待機している、彼の次回作で『パリ、ジュテーム』のニューヨーク版『New York, I Love You』の1編にも注目だ。

岡本太陽

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