小栗の好演が光るが(55点)
芥川龍之介の『藪の中』は、いうまでもなくリドルストーリーの傑作で、長い間ミステリファンを魅了してきた。リドルストーリーとは、結末がはっきりしない、させない物語のことで、本作の場合も、真相はこうだ、いやこいつが嘘を言っているんだと、喧々諤々の議論を読者間に巻き起こしつつ今に至る。
原作は、幾人かの証言者に同じ事件を語らせ、その矛盾をどう解釈するか読者に問うテクニカルな構成。知的遊戯たるミステリの真髄を味わえる短編小説だ。黒澤明が『羅生門』として映画化し、ハリウッドの映画作家に大きな影響を与えたのも有名な話。
同じ原作を実写化した『TAJOMARU』は、ある意味黒澤版よりオリジナルに近く、また遠い。あえて説明するなら、原作の内容をすべて取り込みながらも世界観をぐーんと広げ、その周辺要素を描くことでさらなるエンタテイメントの高みに到達しようとしたチャレンジである。
室町時代。名門、畠山家の次男・直光(小栗旬)は、幼馴染で婚約者の阿古姫(柴本幸)を、両家を取り巻く事情の急変から兄・信綱(池内博之)に譲らねばならぬ状況となった。だが二人は運命に抗い、後先考えずに駆け落ちする。そして道中の藪の中で、盗賊多襄丸(松方弘樹)に襲われてしまう。
藪の中で起こる悲劇は、原作のストーリーに酷似している。だが、単なるいち証言者にすぎなかった多襄丸というキャラクターはここでその存在を大きくふくらませ、さらなるどんでん返しの基盤となった。本作の見所は、まさにその、先読みできない物語展開。
これを支えるのが、出演者一同のナイスな演技。とくに小栗旬がヘタレな主人公を好演。自身もっとも力をいれた「ある場面」で見せる表情は、ファンならずとも驚かされるものがあろう。それがどこかはあえて記さない。誰でも見ればわかるからだ。
もっとも、いわゆるゾンビ谷以降の展開はギャグかと思うほどのはっちゃけぶりで、そこまで築き上げた世界観と小栗の好演をきもちよくぶち壊す。別の意味でたいへん爽快だが、作品評価は急降下、である。
小栗の好演を軸に、すべてを編集しなおしてやれば、そこそこの傑作として後世に残ったかもしれないがときすでに遅し。本年度屈指の残念賞である。
(前田有一)