◆どこかやりきれない余韻を残す(70点)
心臓病を患うダンサーのピエール(ロマン・デュリス)は、臓器提供者を待つ身。自宅アパートのベランダからパリの街と行き交う人々をながめる日々を過ごしている。ピエールを心配して同居をはじめる姉のエリーズ(ジュリエット・ビノシュ)は、3人の子供を育てるシングルマザー。仕事と育児に追われながら自分の幸せを探しているが……。
舞台はパリ。病人、シングルマザー、堅物の歴史学者、成功を収めている建築家、同じマルシェで働く元夫婦、文句ばかり言うパン屋の女主人、アフリカからの移民男性……。さまざまな人種や階層や職業のパリジャン&パリジェンヌが入り乱れる群像劇。随所に、プライドが高く、憂うつで無愛想なフランス人特有の性格が散見されるが、そこでくり広げられる人間ドラマは、世界都市標準とでも言うべきものだ。
誰もが一見、幸せそうな生活を送っているが、それぞれが、他人には分からない悩みや寂しさや秘密を抱えている。街の住人たちは、ふだんかかわり合いのない生活を送っているが、偶然言葉を交わしたり、意外なところですれ違ったりする。それは都会の縮図そのもの。この映画は、街中に人と人との接点・関係性をちりばめつつ、各人の色とりどりな人生を描く。登場人物の誰に共感、感情移入するかは、人それぞれだろう。
孤独だったり、恋をしたり、ケンカしたり、喜んだり、哀しんだり、励ましたり、努力したり、悩んだり……。瞬間瞬間で何かを思い、考え、選択し、実行する。それが人生だ。だが、人間の欲深さと臆病さが災いしてか、喜びのなかにおいて「まだ満たされない何か」を探し、哀しみのなかにおいて「より深い哀しみ」を探すようなこともしばしば。この映画の登場人物たちも然りで、だれもかれもが、少しずつ何かが足りず、今ある幸せを見すごしている。
死の影に怯えるピエールには、人々のそうした人生が客観的に見えている。ムダに不満と文句ばかりを並べ立てているパリの住人たち。ピエールは、彼らが見すごしている人生の豊かさを、日々、実感しながら生きている。穏やかな日々のありがたさを痛感するピエールと、身の回りのあらゆる幸せに不感症な街の人々。そのコントラストが、作品全体を独特のペーソスで包み込む。ラストシーンで、ピエールがタクシーの後部座席から眺める風景は、美しくも哀しく、そして、どこかやりきれない余韻を残す。
細かい枝葉を組み合わせたコラージュ風の作品につき、幹のデーンとした野太いドラマや、人物像を深く描き込んだ作品が好みの人にはオススメしにくい。一方で、パズルのように入り組んだ作品が好きな人には、無数の人生と喜怒哀楽にフォーカスしたこの群像劇を、深く味わうことができるだろう。ジュリエット・ビノシュやロマン・デュリスら実績豊富なキャストも、魅力的な演技を披露している。
ときに鳥瞰で、ときに虫瞰で映し出されるパリの街。その雰囲気を味わうのもオツだ。彩度を落とした秋のパリは、活気がありながらも、どこか寂しさを感じさせる。光が強ければ、影もまた濃くなる。それが都会の宿命なのだろうか。本作「PARIS」には人生の機微がつまっている。
(山口拓朗)