◆サンフランシスコの空の下2人の男女が恋に落ちる（75点）
インディーズ作品と聞くと、映画であれ音楽であれアメリカでは白人が中心となっている場合が多い。それに対し黒人のインディー作品は影を潜めており、あまり市場に出回る事はない。映画『Medicine for Melancholy』はその流れに反するかの様に黒人の男女が主演のインディー作品で、本作はこれまで多くの映画祭で上映され絶賛されている。2008 年のインディペンデント・スピリット・アワードでもノミネートされ、その新鮮な存在は止まるところを知らない。
アフリカ系アメリカ人のマイカ（ワイアット・セナク）とジョー（トレイシー・ヘギンズ）はあるパーティで出会い寄った勢いで一夜を共にする。翌朝の日曜、同じベッドの上で起きる2 人だが、何だか気まずい。マイカはジョーを朝食に誘い、そこで改めて互いに自己紹介する。それからタクシーに相乗りに帰る2人だが、ジョーはタクシーに財布を忘れてしまう。数時間後、ジョーの前に現れたのは自転車を担いだマイカで、この2人はそれから忘れられない1日を過ごす事になる…。
バリー・ジェンキンスの長編映画デビュー作品『Medicine for Melancholy』の舞台は黒人の人口がどの大都市よりも少ないサンフランシスコ。ヒップに生きる事は好きだが、自分のアイデンティティがそれを押さえつけてしまう事に苛立ちを感じるマイカと、白人の彼氏と付き合いまだ自分探しの途中のジョーは、そのヒップな街を散策する。これはまるで黒人が主人公の『恋人たちの距離』だ。ただ、人種問題も物語の中で描かれるため、単純にロマンティックな作品ではない。
ジョーはマイカに彼氏と一緒に住んでいる事を告げると、マイカは彼女に彼氏は白人か否かと聞く。ジョーは「関係ある？」と逆にマイカに聞く。そしてマイカは「YesでもありNoでもある」と答える。黒人男女の間には彼らなりの人種に関わる問題があり、特にマイカはそれを気にしている。そんなマイカにも以前白人のガールフレンドがいた。遠距離恋愛に不満を抱えるジョーと傷心のマイカは黒人同士1日を過ごし互いの傷をなめ合う。しかし、彼らは酒やクラブ等の力を借り、理性のある時には言わない様な心にたまっていたものを吐き出す。
美しいサンフランシスコの街の中で、少数派であるマイカとジョーは語り合い、口論し、体を求め合う。ジョーの彼にも分からない、マイカとジョーの2人だけにしか分からない事があるのだ。彼らにとって一緒に過ごしている1日はかけがえのないもの。心が通じ合えてる気がした。傷の痛みが分かる者同士寄り添っていたい。現実には戻りたくない。そんな想いがマイカとジョーの間にはある。
オバマが大統領に就任もし、アフリカ系アメリカ人の抱える人種問題は徐々に小さくなっているとは言えど、歴史は彼らの血に染み付いている。『Medicine for Melancholy』は若いアフリカ系アメリカ人の抱える問題を浮き彫りにしたロマンティックな社会派インディー映画で、賢い物語に素敵な音楽と美しい映像の融合した純粋なアートと呼べる秀作である。サンフランシスコの天気は穏やかで、そこに住む人もやわらかな人が多く、わたしたちにそれが伝わってくる。本作は観終わった後に、自分のいる街の空気がなんとなく優しく感じられる映画である。
（岡本太陽）
