FUNNY PEOPLE - 岡本太陽

◆下ネタ満載のスタンダップパフォーマンスシーンが魅力(55点)

 ハリウッドの映画監督、プロデューサーであるジャド・アパトウ。大ヒットコメディ映画『40歳の童貞男』『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』を監督し、その才能を世界に知らしめた。彼の強みは安定したストーリーテリングと下ネタ。だから例え、卑猥な表現を使ったとしても、安っぽい物語にはならない。アパトウ氏の監督第3弾映画『FUNNY POEPLE』はいつもの様に下ネタ満載でアパトウファンの心を掴むが、本作はジャンル的にはコメディドラマ。前2作に比べシリアスで今までのジャド・アパトウ作品と同じ様なものを想像していると、全く違う雰囲気の本作に驚かされてしまう。アパトウ氏は確実に変化し始めている。

 ジョージ・シモンズ(アダム・サンドラー)は映画にも出演し、豪邸を持つ程成功した有名なコメディアン。しかし、彼は健康診断で、非常に稀な血液の病に犯され、余命も長くないかもしれない事を知らされる。落ち込むジョージは彼の原点である懐かしのコメディクラブに行く。そして駆け出しのコメディアン・アイラ(セス・ローゲン)に出会い、彼を付き人として雇い、情熱溢れる若者との交流を深めてゆく。

 本作は大きく分けて2部に分かれており、まずはジョージとアイラの関係を描いていくのだが、付き人とは言えど、ジョージがアイラとの友情も似た関係を築いていく中で、自分のスタイルを模索中のアイラに逆にインスパイアされ、ジョージは情熱を取り戻していくのかと思いきや、そうではなく、どうやら寂しいというのが本音の様だ。家族とも疎遠、親しい友達もいないジョージにとって「死」とは完全なる孤独。1人では死ぬまでの間耐えられそうになかったに違いない。

 事実、ジョージは「死」を感じるストレスから焼けクソになり、アイラに対しいじけた子供の様に振る舞うシーンもある。アイラは付き人の前に、ジョージを崇拝する1ファン。だから、ジョージに言われた事は何でも聞くしかない。同じくコメディアンのルームメイトのレオとマーク(ジョナ・ヒル&ジェーソン・シュワルツマン)はそんなアイラに少々呆れ気味。ジョージは前に映画で赤ちゃんの体をした大人を演じた事があるのだが、病気のせいで、それとは逆に現実では大人の体をした子供の様になってしまうのが印象的だ。

 ジャド・アパトウの妻であるレスリー・マンがジョージの元恋人のローラに扮し、後半では彼女がジョージとアイラの間に入って来る。ローラはジョージにとっては結婚までしかけた忘れられない存在。しかし、彼女はクラーク(エリック・バナ)という男と既に結婚しており、2人の娘もいる。女なら誰でも彼と寝たいと思い込んでいる自信家のジョージが唯一手に入れる事の出来ない女性、それがローラ。彼女を通して富や名声で純粋さを無くした彼の心に変化が訪れる。

 本作のユニークな点はやはり、スタンダップシーンを多く取り入れている事だろう。スタンダップコメディは日本で言えば漫才に相当し、それが行われるコメディクラブでのパフォーマンスはアメリカのコメディアンの登竜門的存在となっている。本作でもパフォーマンス中にはアメリカの皮肉と下ネタを盛り込んだジョークが登場し、この映画がもし日本で公開されるとしたら、翻訳家が苦労しそうだ。

 本作はやはりドラマの要素も含まれているので、役者の演技がモノを言うと言っても過言ではない。セス・ローゲンはお笑いに熱心な若者を好演しているが、アダム・サンドラーは説得力に欠ける演技で、彼の演技次第で随分違う映画になっていたのではと感じさせられる。このキャラクターにわたしたちが共感する事が不可欠なのだが、それが欠けているのが致命的だ。

 本作においてジャド・アパトウはスタンダップコメディという彼が慣れ親しんだものを作品に取り入れ、多くの人が知らない世界の裏を見せてくれる。しかし「死」や「再生」という物語の核となるテーマをうまく描ききれておらず、大切な事が伝わりにくいのが残念でならない。それでも、前2作とは全く違うものを作りたかった本作におけるチャレンジ精神は評価されるべき点であるので、アパトウ氏のこれからの大変身に期待したい。

岡本太陽

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