ANTICHRIST - 岡本太陽

◆リアルなセックス描写と痛いシーン満載の冗談の様な映画(60点)

 女は本質的に邪悪である。そう言うのはラース・フォン・トリアー作『ANTICHRIST』で、シャルロット・ゲンズブール扮する息子を失った妻。その定義と反キリストを意味するタイトルが一体どの様に結びつくのか。カンヌ映画祭でプレミア上映されてからというもの、話題に話題を呼んでいるフォン・トリアー監督最新作はヘンデルのアリアをサウンドトラックに、ハイスピード撮影によるモノクロ映像で幕を開ける。水の滴り落ちる様子が奇麗に見えるシャワールーム。男と女が情熱的に交じり合う。男性器が女性器に入る様も隠さず映し出されるため(ポルノ俳優を使っている)、何か決定的な事が暴き出されるのを感じさせる。

 この映画は、プロローグ、「悲嘆」、「苦悩」、「絶望」、「三人の乞食」そしてエピローグの6つの章から成り立つ。まず、プロローグで、ある夫婦が1人息子ニックをどの様にして失うかを描く。悲しみに暮れる夫婦。特に妻はボロボロの精神状態からくる肉体的ダメージも大きく、セラピストである夫(ウィレム・デフォー)が精神療法で彼女を癒そうと試みる。セラピーを通して夫が理解した事、それは妻の恐怖は森の中にある「エデン」と呼ばれる彼らの別荘から来ているという事。そこは妻が昨年の夏、魔女狩りについての論文を書くため、ニックと訪れていた場所。自然に囲まれたエデンに一体何があるというのか。そして2人は別荘へ向かう、楽園であるはずのその場所で世にも恐ろしい事が起こるとも知らず。

 夫は傷心の妻の回復を願い別荘へ彼女を連れて来たつもりだった。夫同様、おそらくこの映画を観る者もそう感じるはず。しかし、別荘で妻は変貌。彼女が息子の死の呪縛から解き放たれるどころか、事態は悪化し、ホラー映画の様な壮絶な展開に発展してゆく。その恐怖の質感は日本の誇るホラー映画の金字塔『リング』を彷彿とさせるもので、監督が和製ホラー映画に強く影響を受けている事が伺える。また『ソウ』シリーズの様な痛いシーンもふんだんに用意されており、まるで拷問にかけられている様な気分にさせられる。

 フォン・トリアー氏は『奇跡の海』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『ドグヴィル』等、映画の中で女性を主人公にし、それを演じる女優に体当たりの演技をさせる。『ANTICHRIST』の妻は、彼女が抱えていた好奇心や悩みや疑問を誰にも言えずにいた。それが時間と共に膨れ上がり、1年ぶりに夫と別荘にやって来た際に彼女の中の何かが爆発する。この映画でカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞したシャルロット・ゲンズブールの狂気に満ちた凄まじい演技が本作の見所の1つで、アンニュイな雰囲気が漂い、またその様なユルいキャラクターを演じる事が多かった彼女の女優としての新しいステージに突入した瞬間を垣間見る事が出来る。『ANTICHRIST』の中では女性の「性」が重要なポイントとなる事もあり、彼女は全裸でオナニーシーンまでやってのける。フォン・トリアーは本当に女優に試練を与えるのが好きだ。

 そんなラース・フォン・トリアー監督、本作の撮影時は実は鬱病を抱えていた。物語の中で夫が妻に催眠治療を施すシーンがあるが、おそらくフォン・トリアー氏自身の精神治療の体験も本作に含まれているのだろう。彼はあるインタビューでこんな事を言っていた、「本作には自分でも説明出来ない事が多い。ただ自分自身を解き放ったんだ。」と。その結果がこんな暴力的な映画になってしまった。

 また、ウィレム・デフォーはインタビューで「ラースはとても優しい人」だと言っていた。監督を語る際にそんなコメントは普通聞く事はない。優し過ぎるため、女性にとんでもない目に遭わされて鬱病になってしまったのだろうか。本作を観ると、そう感じさせられてしまうと同時に、この映画を作らなくてはいけなかったフォン・トリアー氏の安否を気遣ってしまう。幸い、この撮影が彼にとって鬱を克服するセラピーになったそうだ。

 賛否両論分かれる映画とはきっと本作の様なものを指すのだろう。あまりにもパーソナルな映画であるため、共感が出来ないのだ。また、はっきりした事を何も述べていないため、多くの観点から本作を観る事は出来るが、人をインスパイアする映画ではないのは確かだ。ただ、このとんでもない物語の救いようのない夫婦に扮するゲンズブールとデフォーの俳優生命を賭けた演技が素晴らしく、パーソナルな映画であるにも関わらず、素晴らしい俳優達にあそこまでやらせるとは。作品の好きか嫌いかは別として、贅沢な時間を過ごしたフォン・トリアー氏が羨ましい。

岡本太陽

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