悲劇の主人公ダニエル・クレイグ版ジェ竏茶?ズ・ボンド(55点)
『007 カジノ・ロワイアル』でジェームズ・ボンドは愛するヴェスパーに裏切られた事と、彼女の死により心に深い傷を負った。それから怒りと悲しみが彼を支配した。前作から2年後の今年、再びダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドがスクリーンに現れる。『カジノ・ロワイアル』の直結の続編である『ネバーランド』『君のためなら千回でも』のマーク・フォースター監督作『007 慰めの報酬(原題:QUANTUM OF SOLACE)』ではボンドのヴェスパーの死への復讐がテーマとなっている。
まず、007シリーズにはメインタイトルバックにテーマ曲がかかるが、『慰めの報酬』では007史上初のデュエット曲が起用されている。今回のタイトルバックでは『カジノ・ロワイアル』では観られなかった女性のシルエットが再び登場し、砂と炎をイメージしたクールでスタイリッシュな映像は目を見張るものがあるのだが、ロックバンド、ホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトとR&Bシンガーのアリシア・キーズによる「Another Way to Die」は2人の音楽性の違いからかわざわざデュエットする必要性が感じられないものである。
物語は前作のラストから1時間後から始まる。ジェームズ・ボンドはミスター・ホワイトをM(ジュディ・デンチ)と尋問する時にQuantum(クアンタム)というイギリス諜報部でも把握していなかった謎の組織の存在を知る。また諜報部内にも裏切り者がいた事が判明する。調査の結果ある銀行口座の関わりで、ハイチに向かうボンドはカミーユ(オルガ・キュリレンコ)という胸に復讐を秘める若い女性に出会う。彼女はクアンタムの幹部であるドミニク・グリーン(マチュー・アルマリック)の愛人であり、ボンドはカミーユを通しグリーンに接近し、彼がボリビアにある天然資源を買い占めようとしている事を知る…。
6代目のジェームズ・ボンドは諜報部に所属したばかりで、それ以前の洗練されたボンド達に比べると無骨なイメージを持つ。彼はまるで弾丸の様だ。また感情に支配されてしまう点は他のボンド達よりも人間的と言えるだろう。22作目の007ではボンドはヴェスパーの影に捕われ、物語の始まりから最後まで葛藤し孤独な戦いを続ける。彼のその姿はどうしても『ボーン・アイデンティティ』の主人公ジェイソン・ボーンを思い出させる。
マーティン・キャンベル監督作『カジノ・ロワイアル』から007の雰囲気は随分変わった。それはダニエル・クレイグの外見から明らかだ。元々マーク・フォースターは007のファンではなかった。しかし、前作がジェームズ・ボンドのキャラクターに焦点を当てていた事に感銘を受け、彼は『慰めの報酬』の監督を務める事にした。人間ドラマを得意とする彼ならではの受け止め方をしている。
007では必ずボンドガールが登場するが、本作のメインボンドガールを務めるのはウクライナ出身のオルガ・キュリレンコ。『ヒットマン』でその美貌が注目されたが、今回のカミーユ役で世界的に名が知れ渡るはずだ。また、イギリス人女優のジェマ・アータートンが2人目のボンドガールであるフィールドに扮している。その他の助演陣ではジェフリー・ライトとジャンカルロ・ジャンニーニが前作から同じ役で出演している。
007シリーズはスパイアクション映画だが、ウィットに富んだ会話とコメディタッチの描写が魅力的だ。しかし『慰めの報酬』は前作にも増して暴力描写が多い。本作ではボンドはとにかく人を殺しまくる。もちろんそれはヴェスパーの死の影響が大きいのだが、彼が殺さなくても、彼と関わりを持つ者すら何らかのカタチで死を迎えてしまう。この映画ではボンドは死神に見えてしまうだろう。
悲劇のヒーロー、ダニエル・クレイグ版ジェームズ・ボンド。彼は自分を慰めるために怒れる弾丸になる。最近のアクション映画の主人公はジェイソン・ボーンにしても悲しいバックグラウンドを背負っている事が多い。しかし果たしてそれがわたしたちの求めるジェームズ・ボンドなのかと言われると疑問が残る。
(岡本太陽)