◆プラマー&ミレンが今年のアカデミー賞にノミネートされた話題作!(70点)
19世紀を代表する世界で最も愛されている作家の1人、ロシアの文豪レフ・トルストイ。彼は82歳にして放浪の旅に出た。そして旅の途中、アスターポポ駅で肺炎が原因で果てた。年老いて体調もすぐれななかったにも関わらず、彼が旅へと出なければならなかった理由とは一体何だったのか。ジェイ・パリーニ原作の同名小説を映画化した『終着駅 トルストイの死の謎(原題:THE LAST STATION)』は晩年の文豪の葛藤と、彼を取り巻く者たちの姿を描いてゆく。
本作でトルストイに扮するのは、この役で第82回アカデミー賞助演男優賞にノミネートされているクリストファー・プラマー。プラマー自身もかなりの高齢で、さらに割烹着風の服に身を包み、白く長いあご鬚を蓄えていると、トルストイはもとより、仙人か何かに見えてしまう。彼が人々を無抵抗主義、そして愛へと導いた伝説の作家を時に優しさ一杯に、時にコミカルに、また時に怒りの表情と口調で演じ、非常に人間味溢れるトルストイ像を作り上げた。
理想と情熱に生きたトルストイの生家のあるヤースナヤ・ポリャーニャの近くにはトルストイアン達(トルストイ主義者)が集い、そこにコミュニティを形成し、今で言うオーガニックな生活を送っていた。そこに新しくやって来るのは、トルストイの高弟チェルトコフ(ポール・ジアマッティ)から文豪の秘書として派遣されて来たワレンチン(ジェームズ・マカヴォイ)。トルストイとの対面に緊張する彼だが、伝説の文筆家トルストイの温かい歓迎に感動し涙する。
ワレンチンをヤースナヤ・ポリャーニャに遣わしたチェルトコフは死が近づいているトルストイに、人々の望む死を作り上げようと計画していた。そのためには遺書の内容さえ書き換える必要があり、「遺産や著作権をロシア国民に残す」というチェルトコフの考えに同意するトルストイだが、それに怒りを露に阻止しようとする者がいた。それは本作でアカデミー賞主演女優賞候補に名前が挙がっているヘレン・ミレン扮する妻のソフィヤ。トルストイを愛するあまりに周りが見えなくなってしまい狂気に陥るこの女性の存在が、トルストイの気を散らせ、遺書の書き換えにはどうしても困難を来してしまう。また、どんなに自分勝手であろうとも妻の事が可愛くて仕方のないトルストイは、体力的に弱っているにも関わらず理想とプライベートの愛の狭間で葛藤する。
トルストイ、ソフィヤ、彼らの娘サーシャ(アン=マリー・ダフ)、チェルトコフの遺書にまつわる騒動と平行して、トルストイアンが暮らすコミュニティでのワレンチンと彼に不適な視線を投げる女性マーシャ(ケリー・コンドン)の関係を展開させ、多くの日本の文学者にも多大な影響を与えたトルストイがどの様にして辺鄙な土地で死を迎える事になってしまったのかを、本作は素晴らしいキャストと、美しい自然の中で丁寧に描き出す。独、英、露と3カ国が製作にあたり、アメリカ人マイケル・ホフマン(『素晴らしき日』『ソープデッシュ』)が監督・脚本を手掛け、俳優はイギリス人を多く起用するという、かなりインターナショナルな作品に仕上がっているのも魅力的だ。
ワレンチンは童貞で今で言ういわゆる草食系男子。その彼が愛に溢れた環境で、自分の気持ちに正直な女性に出会い、彼の中に眠っていた情熱を見出し、また憧れの文豪トルストイと妻のソフィアの愛憎の物語の結末を見届ける中で、彼らの置かれた切ない運命を純粋な目と心をもって理解していく。1人の青年が一連の出来事によって成長してゆく姿が爽やかで美しい感動を運んでくれる。
(岡本太陽)