東京ビッグシティマラソンで爆弾テロ発生か(30点)
テレビドラマの映画版について批評するのは難しい。本来テレビのファンだけが楽しみに見るものだから、個人的にはあまりうるさい事は言いたくない。だが映画として評価すれば、たいてい厳しいものになってしまうのは避けられぬ。あらすじと見所だけ書いてお茶を濁せばいいのだろうが、批評家を標榜する以上それもどうかと思う。ようは、どう書いても他人に恨まれるだけで、ろくな事にはならない。私などは、批評家なんぞ嫌われてなんぼと開き直っているから良いが、他の同業者の方はいったいどうしているのだろう。
窓際部署“特命係”に追いやられているが警視庁有数の頭脳を持つ杉下右京(水谷豊)とその熱血部下・亀山薫(寺脇康文)。二人は衆議院議員の片山雛子(木村佳乃)の護衛を命じられる。爆弾で襲われた彼女をなんとか救った二人は、現場に奇妙な文字を発見。その暗号を元に捜査を進めた杉下らは、犯人の真の狙いが数万人が集まる大イベント、東京ビッグシティマラソンにおける爆破テロだと見抜く。
左遷させられた有能刑事が、本流の連中を出し抜く鮮やかな推理を見せる。面白い設定だと思う。刑事ものに定評ある米国のテレビドラマだったら、さぞ心躍るものができるだろう。しかしなぜか日本だと子供だましになってしまう。視聴者の要求レベルが低いのか、作り手のそれが低いのか。これも劇場版と名はついているが、結局のところテレビドラマを映画館で流しているというだけのものにすぎない。
本格的な映画出演は25年ぶりという水谷豊のエキセントリックな演技や捜査会議の模様はまだいい。実際の捜査の様子は、まるでズッコケ三人組のハカセの命令をパシリが聞いて走り回っているようにしか見えないが、それもまた味というなら否定はしない。
ただ肝心の物語、とくにトリックの不出来はどうしたものか。
私は古典的な本格ミステリの支持者だから、驚天動地の(おそらく実現不可能な)トリックについても全面的に許容する。だが、それでも絶対に許せないのは「必然性のないトリック」だ。推理ファンや作家なら常識として共有するこの点について、映画の脚本家だけが無知なのはなぜなのか。常日頃から疑問に思っている。
本作にしても、犯人がチェス盤と地図を重ね合わせて複雑な騙しを行ったりしているが、なぜそんな事をするのか理解に苦しむ。犯人が本気で目的を果たそうってんなら、こんなまどろっこしい方法はまずとるまい。よほどの愉快犯か、映画を面白くさせようというサービス精神が旺盛かのどちらか意外にはありえない。
どんな推理作家も、トリックの考案以上にそれを物語に配置する"必然性"、"理由づけ"に頭を使うものだが、そこをすっとばしたこういう脚本が通用するとなると、映画界のレベルは低いと笑われてしまうだろう。
時事問題を取り入れたり、エキストラ多数を採用した大規模撮影は大変だったろうと思うが、そうした大作感がハリボテにしか感じられないのは、すべてこの致命的な欠陥に由来する。多くの人がみる話題作だからこそ、もう少し良いものを作ってほしいと切に願うものである。
(前田有一)