◆小劇場での公開から口コミで240館へ(70点)
北イタリアののどかな村の美しい湖のほとりで、少女アンナの他殺体が発見された。殺人事件として捜査の指揮をとるのは、村に引っ越してきたばかりのベテラン警部のサンツィオ(トニ・セルヴィッロ)。彼は、現場の状況から、顔見知りの犯行ではないかと推測するが……。
イタリアのアカデミー賞と称される「ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞」で、史上最多となる10部門受賞を成し遂げた話題作。同国では、小劇場での公開から口コミで240館へと上映館を広げたという。監督は本作が初長編となるアンドレアー・モライヨーリだ。
サンツィオ警部の視点で殺人事件の謎を追求していく物語だが、アリバイを巡る攻防戦を柱にくり広げられる「犯人探し」は、じつはこの映画の魅力のほんの一面にすぎない。そのことは、鑑賞後に残ったものが、謎が解き明かされることで得られる「スッキリ感」ではなく、人間の心の深みに触れたときに襲われる妙な「重たさ」であることが、雄弁に物語っている。
サンツィオが聞き込み捜査を進めるなかで、関係者一人ひとりのプライベートがつまびらかにされていく。刑事というのは、捜査という大義名分さえあれば、家族や友人でさえ踏み込めない当人の心の奥にアクセスすることができる。この映画は、そうした刑事の特権を巧みに利用した作品でもある。誰もが胸の内に一つや二つ隠し持っている「葛藤」や「秘密」や「傷」が、捜査を介して浮き彫りになっていく特殊な構造に、この映画のおもしろさがある。
サンツィオ自身も例外ではなく、人には言えない「葛藤」や「秘密」や「傷」を抱えている。たとえば、妻や娘との(近くて遠い)距離不全の問題がそれだ。村人同様に、サンツィオの人間的な弱さや脆さを描くことによって、作品のテーマはますます顕在化され、サンツィオに感情移入する観客の心までも揺さぶる。あなた方も例外ではありませんよ、と。
中盤以降、捜査を通じて表出した人々の「秘密」を、サンツィオは、自分自身が抱える問題に重ね合わせるようになる。刑事としてではなく、ひとりの人間として。エンドロール間際にサンツィオが娘に語りかける印象的なセリフは、彼が長らく背負い続けてきた「葛藤」という名の荷物を下ろしたことの証左。サンツィオの人間的な成長を描いたこのシーンは、ある意味、「犯人探し」の結末を凌駕するほどの深遠さを秘めている。
「犯罪の謎解き」と「心の謎解き」を平行して走らせた本作「湖のほとりで」は、複雑に絡み合う感情の糸と、その糸にがんじがらめになる人間たちの愛しくも哀しい性(さが)を描いた秀作だ。心地よい古典ミステリーの風合いで全編を包み込みつつ、一方では、この映画が真にフォーカスする人間ドラマに、観客をじわじわと引き込んでいく。真犯人の犯行動機にもそれなりに深みをもたせて、上質なヒューマン・ミステリーとして静かな余韻を残こす。
(山口拓朗)