◆コミカルな役が多い演技派ソン・ガンホが、10kgも減量しスリムな姿と憂い顔を披露するのが新鮮(60点)
鬼才パク・チャヌクのバンパイア映画は、常識をヒョイと乗り越える設定と、エロティシズムやブラック・ユーモアが混在した独特の作品だ。サンヒョン神父はアフリカでの伝染病の人体実験で奇跡的に助かるが、やがて身体に異変が起こる。異常なまでに聴覚や嗅覚が研ぎ澄まされ、人の血を求めてしまうサンヒョン。彼は輸血の影響でバンパイアになってしまったのだ。韓国に戻ると幼なじみのガンウの家に招かれるが、そこで不思議な色気を持つ人妻テジュと出会う。急速に惹かれあい、愛欲に溺れる2人は、共謀してガンウ殺害を企てるが…。
ストイックであるべき神父が、悪魔同然のおぞましいバンパイアになるだけでも十分に背徳的なのだが、人間の血を渇望した上に、人妻との情事に溺れ、あげくの果てに、彼女の夫を殺害するというから、物語はタブーの三重構造である。特に人妻との不倫は、人間同士ならドロドロの修羅場だが、バンパイアという突飛な設定のせいで、妙にコミカルな味わいがあり、不道徳の度合いを増しているのが面白い。サンヒョンが聖職者である自分の立場とバンパイアになった運命の摩擦に多少なりとも悩むのに対し、夫を裏切った上に自分もバンパイアになったテジュは、あっさりと運命を受け入れ、急激に美しくなるのが対照的だ。映画全体に漂うグロテスクなユーモアは、一線を越えた人間の居直りにも似たおかし味なのだろう。後戻りできない道に踏み込んだサンヒョンとテジュには、壮絶な最期が待っている。
従来のバンパイア映画は、ホラー映画か耽美系ファンタジー。だが、本作はそのどちらでもない。あえて言えば、人の道を踏み外したものの滑稽さと、その中での究極の愛といったところか。渇きというタイトルは、人の血を求める渇きと、禁断の愛を求める渇きの両方の意味を兼ねる。チャヌク映画に特有の痛みを感じる描写は今回は控えめだが、バンパイアものだけに流血場面はてんこもりだ。コミカルな役が多い演技派ソン・ガンホが、10kgも減量しスリムな姿と憂い顔を披露するのが新鮮だ。この世ならぬものへの畏怖とあこがれに呑み込まれていく主人公たちには、不思議な情緒が漂っていた。パク・チャヌクのタブーへの欲望もまた、決して満たされることのない渇きに似たものなのだろう。
(渡まち子)