月に囚われた男 - 前田有一

月に囚われた男

◆SFの体裁を借りて労働問題を描く(70点)

 同週公開『第9地区』が社会派SFアクションなら、『月に囚われた男』はそれ以上に社会風刺の効いたSFドラマだ。こうした優れたSFが、同じ週に二本も見られると言うのはうれしい限り。私としても、ぜひ両方見てほしいと思う。

 舞台は近未来、月面基地に3年契約で派遣されたサム(サム・ロックウェル)だが、契約満了までいよいよ2週間となった。ところがそんなとき、彼は月面車で事故をおこしてしまう。なんとか生き延びるサムだが、その後彼はありえないものを見るハメになる。

 序盤、「3年間、月面に単身赴任する男」の事情というか普段の生活のようなものが描かれるが、この時点ですに終盤への伏線が着々と張られている。原作はなく、映画オリジナル脚本ということで、テーマも現代的。低予算だが監督はPVの経験があるので特撮には強い。面白くなりそうな条件がそろっている。

 この映画が作られた英国は、ご存知のとおり階級社会。だから、こうした労働者階級の悲哀のごときものを描く映画には、深い洞察力の感じられる傑作が多い。とくに本作では、監視の目の届かぬところでは、企業がいかに労働者にひどいことをするかが描かれている。

 世界全体でなく、あくまで月面開発のいち企業のイカれっぷりを描いたところが現実的でとてもよい。だいたいSFというのは、社会全体がこうした極端な価値観だったりなど、近未来などと言いながら現代とのつながりがさっぱり感じられぬバカ設定が多すぎる。そんな中、決して大風呂敷を広げないダンカン・ジョーンズ監督の冷静さは特筆に価する。

 それにしてもこの主人公と現代の底辺労働者の境遇は、考えるほどに似通っている。彼が最後に知る事になる自分の運命は、まさにわれわれの末路を表現している。

 もっとも労働問題というものは、派遣切りする大企業を批判しても何ら本質的解決には至らないものだ。

 問題の根幹には、実質的にコストが日本の30分の1といわれる中国の半「奴隷」労働者がいる。それを利用する他企業とノーハンデで競争せねばならないのだから、自分の社員の待遇をよくする余裕など企業にだってあるはずがないのだ。本来なら、いまこそ先進国の労働者は連帯して、中国の不当な「奴隷」使い放題制度や元安維持政策を批判し、改善要求を出すべきだと思うがなぜかやらない。

 本作品にもそんな視点はなく、その意味では問題の表面を軽くなでただけだが、それでも凡百のSFとは比較にならぬ時代性と知性を感じさせる出来栄え。特撮はおおむねハイレベルだが、重力の軽さの表現などは大幅に割愛するなど、予算があるSF作品とどこが違うのか見比べてみるのも面白いだろう。

前田有一

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