◆本当に怖いのは学問や名声より“見えない何かを知りたい”という欲望を膨らませて、家族やついには自分まで使ってタブーの領域に踏み込んでいく母親の狂気(55点)
世界が認めるジャパニーズ・ホラーの特徴は、何か分からないものが迫ってくる、核のない恐怖を描く点にあるが、本作もその系譜につながる作品だ。脳科学の研究者である太田夫妻は、戦前の満州で行なわれた脳の人体実験のフィルムに映った真っ白で不気味な光を目にするが、二人の幼い娘も偶然にその光を見てしまう。17年後、死への誘惑に取りつかれた姉・みゆきが失踪。姉の行方を捜す妹のかおりは、違法の脳実験を繰り返す母親・悦子と再会する。狂気の母親と二人の姉妹を待ち受けているのは、恐ろしい“もうひとつの現実”だった…。
流行の“脳”をテーマにした本作は、脳によって現実のその先の世界を見る願望にとりつかれる、名付けて“脳髄狂気ホラー”。この映画のタイトルである恐怖とは、現実を侵食する物体だ。集団自殺を利用した隔離病棟での非合法の脳手術の手口は、相手を既に死んだと思わせるという稚拙なものだが、そこに、脳の側頭葉と前頭葉の境界であるシルビウス裂を電極刺激することで幽体離脱が起こるという、実証された実験がからんでくるところから、物語は異様な空気に包まれる。頭部をメスで切り、脳を露出させるなど、目をそむけたくなるグロテスクな描写も。だが本当に怖いのは、学問や名声より“見えない何かを知りたい”という欲望を膨らませて、家族やついには自分まで使ってタブーの領域に踏み込んでいく母親の狂気だ。脳によって新しい世界を知ることが人間の霊的な進化になると、母親・悦子は断言する。みゆきの恋人でかおりとも深い中になる本島の正体は少々安易で、コロリと変わる人格には苦笑したし、ラストのオチは、ほとんど禁じ手。しかし、もうひとつの世界を宗教的なあの世や天国ではなく、現実と同時に存在しているパラレルワールドと考えれば、現実も妄想も同じレベルで常に共存し、その境界線を越えるツールが脳だとする理屈もなんとなく頷ける。Jホラーシアターのラストを飾る作品は、小品ながら案外テーマは深いのかもしれない。
(渡まち子)