◆クライマックスには怒涛の斬り合いと流血描写が用意され、理不尽すぎる展開に驚く(60点)
組織と権力の悪意に、個人の正義が利用され踏み潰されるこの物語は、藤沢文学の中でも異色の苛烈さを持つ時代劇だ。江戸時代の海坂藩。兼見三左ェ門は藩主の失政の元凶である愛妾を城中で刺し殺す。死を覚悟したその行為には意外なほど寛大な処分が下り、再び藩主の傍に仕えることに。腑に落ちない思いを抱きながらも、亡妻の姪・里尾とのおだやかな日々の中で三左ェ門は再び落ち着きを取り戻す。そんなある日、中老・津田民部から、天心独名流の剣豪の三左ェ門に、必勝技“鳥刺し”をお上のために役立てろという秘命が下る…。
藤沢周平の小説に登場する武士が刀を抜く理由は、いつもやるせないのだが、今回も陰謀によって“剣を抜かされる”。必死剣鳥刺しは、その秘剣が抜かれる時、遣い手は半ば死んでいるというセリフがあるが、その意味は最後に明かされる。クライマックスには、怒涛の斬り合いと流血描写が用意され、理不尽すぎる展開に驚くだろう。この熾烈な争いは、己を活かす場を見出せない剣豪が、もがき苦しみながらも、異様なパワーを発散させて圧倒される。生が報われないなら、自らの思いを死でまっとうするというのは、いかにも日本的な美意識だが、その“裏切り”の瞬間に、誰一人主人公を助けないのは、三左ェ門という男が極めて孤独なキャラクターだということ。映画化された藤沢文学の主人公には必ずその思いを理解する人物がいた。本作でも友はいるが、結局彼を助けることはない。その意味で、この映画は、勧善懲悪の形をとりながらも、剣に生きて死ぬ道を静かに否定しているように思う。それでも戦いに身を投じていく主人公のままならぬ人生が、人間の業となって浮かび上がってくるところに、暗い情熱がある。中老役の岸辺一徳の腹黒い表情、三左ェ門を慕う里尾役の池脇千鶴の秘めた情熱の顔つきが印象的だ。木彫りの鳥の人形を作る豊川悦司の横顔がストイックでいい。
(渡まち子)