川の底からこんにちは - 小梶勝男

川の底からこんにちは

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◆希望が持てない今の世の中で、どうやって頑張ればいいのか。その問いに、実に痛快な答えを出してくれるコメディーの秀作。主人公を演じた満島ひかりが素晴らしい(82点)

 槇原敬之は「世界に一つだけの花」で、ナンバーワンにならなくても、オンリーワンになればいい、という意味のことを歌っている。名曲だとは思うが、私はこの歌が好きではない。自分も含めて多くの人は、所詮、ナンバーワンにもオンリーワンにもなれないと思うからだ。「オンリーワン」といえるようなものを持っている人が、果たしてどれだけいるのだろうか。

 今が希望の持ちにくい世の中であることに、間違いはないだろう。映画の主人公だったら、自分の中に他人と違う才能を見つけ、それを開花させるべく、努力していくのだろうけれど、そんな才能がない人はどうやって、頑張ればいいのか。

 このコメディーが初の商業映画だという弱冠26歳の石井裕也監督は、実に驚くべき、そして痛快な答えを出してくれた。「しょうがない」から「諦める」のではなく、「しょうがない」からこそ、「頑張るしかない」というのだ。「開き直り」が「ヤケクソの努力」につながるコペルニクス的転回は、もはや「悟り」といっていい。

 主人公は上京して5年目のOL佐和子(満島ひかり)。「どうせ私なんて中の下ですから」「でもしょうがないですよ」が口癖で、無気力な毎日を送っている。付き合っている男・健一(遠藤雅)は子持ちのバツイチで全く頼りない。そんなとき、佐和子の父親が病気になったと知らせが来る。

 佐和子は仕方なく実家に帰り、倒産しかかったシジミ工場を継ぐことになる。勝手に会社を辞め、子連れで付いて来た健一は、子供を残したまま、佐和子の幼馴染みの女性と東京へ逃げてしまう。シジミの売上は落ちる一方。工場の従業員たちは佐和子を「5年前に父親を捨てて東京に駆け落ちした女が帰ってきた」と嫌う。自分の意思とはまるで無関係に、シジミ工場やら子供やら、いろんなものを押し付けられ、いいことは何一つ起こらない。全く希望の持てない状況で、ヒロインは開き直る。「しょせん自分は中の下」で、希望が持てないのも「しょうがない」。だからこそ、「頑張るしかない」と、逆境に立ち向かっていくのである。

 自分がダメ人間で仕方ないから頑張る、という佐和子の考えが、実に痛快でカッコいい。自分をオンリーワンとみなして自己肯定する欺瞞とは、真逆だと思う。

 ヒロインを等身大に描くため、石井監督は佐和子のみっともない部分をあえて見せる。冒頭から腸内洗浄を受ける場面だし、子供の漏らした小便を拭いたり、トイレで用を足しながら話したり、畑に汚物を撒いたり、糞尿に関する描写が妙に多い。それが単にコミカルな場面にとどまらず、佐和子の生々しい存在感を表現しているのは、満島ひかりの演技力のおかげだろう。「カケラ」にしても、本作にしても、満島ひかりが映画を成立させているようなところがある。彼女は本当にいい。今、最も優れた女優の一人だと思う。

 よく考えれば佐和子は社長令嬢で、実家も大きなお屋敷だ。「中の下」と言えないかも知れないが、あくまでも「オンリーワン」的な価値観に逃げず、自分のダメさを見つめようとする主人公の意思が、それを感じさせない。「中の下の生活 所詮みんな中の下 楽しいな 楽しいな」。開き直った佐和子が作るシジミ工場の社歌が、希望格差社会に生きる我々への応援歌に聞こえてくる。

小梶勝男

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