孤高のメス - 前田有一

孤高のメス

© 2010「孤高のメス」製作委員会

◆娯楽性の高さを主張しないつくり(55点)

 映画「孤高のメス」の原作者・大鐘稔彦は現役医師で、「輸血不可」の教義を持つ新興宗教団体の患者を、無輸血手術で救った実績などで知られている。その小説の映画化となれば、これは「かつてないリアルな医療シーン」を見せ場に持ってくることは最低限のハードル。そして幸い、それはほぼ達成された。医療映画ファンにバカにされない程度のリアリティは、なんとか確保されているといえるのではないか。

 1989年、ある総合病院の内部は腐敗していた。提携する大学病院とその派遣医師に牛耳られたこの病院では、権威主義で患者の命をなんとも思わぬ悪徳医師が我が物顔に振舞っていた。ところが米国帰りの新任外科医(堤真一)は、そんな院内の内部事情などどこふく風と患者第一の施術を行い、次々と難手術を成功させてゆく。

 夏川結衣演じる看護婦の視点から、この立派なお医者さんの活躍が描かれる。全体が回想シーンとなった構成だが、主たるお話はこの1989年の病院内の幾多のエピソード。外科医の話だから、手術シーンがたくさん出てくる。精巧な撮影用臓器や、大学病院で実際に手術シーンを見学した堤真一らの徹底した役作りにより、嘘っぽさはまったく感じない。大したものだ。

 とはいえ、大学病院からきた無責任な派遣医師のステレオタイプな人物造形、都合よく罰が当たる展開などは白けてしまう。

 さらに問題なのは、後半にある脳死臓器移植手術。ここまで、そこそこのリアリティを誇ってきたこの佳作が、とたんにインチキくさくなってしまうのが残念であった。

 とくにこのテーマ最大の争点である、脳死判定の困難さを華麗にスルー。結果として、いいとこ取りのありがちな創作美談にとどまってしまった。もしこんな展開で感動を呼べると思っているのなら、現実のドナーをバカにしているようなものだ。

 (一見そうはそう見えないが)偏った思想によるこうした映画に感化されて、もし臓器提供希望者が増えようものなら、きっと様々な問題が起こるだろう。とくに本作は未成年がかかわるだけに、たちが悪いと感じた。

 私はかつて消費者団体にいたころ、この問題には深くかかわった。その経験を踏まえた上の意見として、脳死臓器移植すべてを廃止せよとまでは言わない。

 だが、マイナス点がまるで伝わっていない現状、国民も国会議員も問題点をほとんど理解せぬまま法改正が強行される現状については、著しくアンフェアであり、承服できないものと考えている。脳死の判定はきわめてデリケートかつ困難で、脳死と診断されながら回復した例がいくつもある事を、あの時どれほどの議員が知っていただろう。

 美談につられた人々に十分な判断材料を与えぬまま、ドナーを増やそうとする一部の推進派のやり方は、将来に大きな禍根を残す誤ったやり方だ。

 この点以外は、医療ものとしてフィクションと現実味のバランスのとれた、見やすいエンタテイメントに仕上がっている。テーマに興味のある人なら、退屈せず楽しめると思う。

前田有一

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