ホーキング博士を支える人達にも光を当てた作品。(点数 82点)
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おしどり夫婦の話しかと思いきや、どうもそういう話だけでも無い。
神を信じる者が神を否定しようとする者を支えるというジレンマが緊張感を生み、ドラマが生まれている。
結局、ヨーロッパの人の関心は神の存在の有無だけで、科学で神の存在が立証されるか否かに物語を収斂させていったのは、製作者もその宗教観から逃れることが出来なかったからだ。
だが、原作者がホーキング博士の元妻ということもあり、敬虔な英国国教会の教会員だった彼女にしてみれば当然のことだったのかも知れない。
神学と科学は近世になって分離したが未だ科学によって神の存在が証明されることを期待する欧米人が実はそれほど合理的に考えられない人たちでもある側面もさらけ出している。
こう思えるのもアジアの辺境に住む人間から見た感想であって、欧米人自身このことに気づく人は少ないとは思うが。
原題の『The theory of everything』とは“万物の理論”のこと。
深淵なタイトルにファミリーストーリーを被せるところは些か鼻白むのではあるのだが、ホーキング博士の明晰な頭脳と活躍の陰にはこんな良妻賢母の支えがあったからなのだと納得はさせられた。
ホーキング博士を演じたエディ・レッドメインの演技力は『ギルバート・グレイプ』(1994年)で小児麻痺の少年役を演じたレオナルド・ディカプリオに匹敵するくらいの難度の高い役を演じきっていた。
そのことは映画を見れば一目瞭然のことなのでことさら大げさには取り上げない。
閉じ込められた肉体という檻の中で無限に広がる精神の宇宙こそがホーキング博士が手に入れた世界。
『潜水服は蝶の夢を見る』(2008年)でもそうだったが、身体の自由を喪っても心の自由は奪われない精神の飛翔をこの映画でもレッドメインの精緻な演技によって表現している。
ホーキングの遥か心の地平で見たものは神なのか、それとも虚無なのか。
敬虔なクリスチャンである元妻の原作を映画化しているので、彼女の宗教観が映画に介入しているが、ホーキング博士が無神論者なのは今でも有名な話しだ。
その点でホーキングの思考に水を差すようなクリスチャン寄りのストーリーの進行が少し息苦しさを覚えた。レッドメインの演技は良かったが、これはあくまでも元妻の視点から見た話しであってホーキング博士だけの物語ではない。
スティーブン・ホーキングを支える多くの人達の物語でもあるのだ。
カソリックとは違い、英国国教会は離婚を認めているので、この映画のようにジェーン・ホーキングが再婚出来た事は明記しておく。
(青森 学)