劇場版TRICK 霊能力者バトルロイヤル - 小梶勝男

劇場版TRICK 霊能力者バトルロイヤル

© 2010「劇場版TRICK 霊能力者バトルロイヤル」製作委員会

◆シリーズ10周年、劇場版として3作目。これまでのシリーズとほぼ同じ展開はマンネリだが、そこがいいところでもある(72点)

 テレビ朝日の深夜番組としてスタートしてから、深夜ドラマが2シーズン、夜9時台での放送が1シーズン、スペシャルが2本(1本は現時点ではまだ放送されていない。2010年5月15日放送)、そして劇場版が本作を入れて3本。今年で10周年を迎えるシリーズは、これほど長く続いているのであるから、多くの人に愛されているといって言いだろう。10周年記念の本作の内容は、堤幸彦監督が一種のシニカルなジョークとして、舞台となる村を「万練村」と名づけたように、全くの「マンネリ」だ。これまでのシリーズの集大成でもあるし、単なる繰り返しでもある。本作の場合は、それでいいのだ。

 自称・人気マジシャンの山田(仲間由紀恵)と自称・天才物理学者の上田(阿部寛)のコンビが、孤島や僻村を訪ね、超能力や呪い、迷信などのオカルトめいた事件を、手品の種明かしよろしく解決する。シリーズはどれを見てもほとんど同じ。金太郎飴だ。でも、悪いことではない。大枠が「お約束」としてあるからこそ、細かい差異を楽しむことが出来る。かつてのプログラム・ピクチャーとは、そういうものだった。物語は「ハリー・ポッター」シリーズのように進展して行かず、ただ繰り返す。代表的なものが、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズだろう。テレビドラマから始まって、映画になり、ストーリーはどれを見てもほぼ同じ。むしろ、まるで違った話にするのは、観客を裏切ることになりかねない。

 今回は人里離れた山奥にあり、「自然一人占め。誰にも会わない村」がキャッチフレーズの万練村に霊能力者たちが集まり、村を守る霊媒師「カミハエーリ」となるべく、生死を賭けて戦う。霊能力者に扮するのは、松平健、戸田恵子、片瀬那奈、藤木直人らの面々。松平は「暴れん坊将軍」のように白馬にまたがり、戸田は信者たちと奇妙なダンスを踊る。「リング」の元ネタとなった明治末の千里眼事件のパロディーも展開される。もちろん、お馴染みの髪の毛を気にする刑事(生瀬勝久)とその部下(池田鉄洋)も登場する。

 シリーズのテーマとなっているのは、オウム真理教事件で批判を受けた学研の雑誌「ムー」などの、オカルト雑誌の世界だ。だが、「ムー」のようにオカルトをそのままオカルトとして描くのではなく、そのいかがわしさを楽しむ大人の視点が健全だ。

 「ワンダーJAPAN」(三才ブックス)という季刊誌がある。「日本の<異空間>探検マガジン」を掲げ、普通の観光地ではなく、廃墟や珍奇な寺社、いかがわしい伝説の地、変わった建物、工場地帯の夜景などを紹介している。この雑誌の世界と、「トリック」シリーズの世界は、どこか共通している。それはみうらじゅんが日本の奇妙な祭りを集めた「とんまつりJAPAN」や、安齋肇と共に活動している観光協会のパロディー「勝手に観光協会」、都築響一の「珍日本紀行」などの世界にも通じている。ある物事を伝統や文化、機能、目的からいったん切り離し、「珍妙」という観点だけで紹介し、その面白さを楽しみつつ、もう一度、伝統や文化を再発見する試みだ。「トリック」シリーズが島や農村など、常に秘境めいた場所を舞台にしているのは、サブカルチャーによる「ディスカバー・ジャパン」だからだろう。それは、オカルトに出会って自らを取り込まれてしまったオウム真理教の信者とは逆に、オカルトに対しても決して自主性を失わない態度でもある。オカルトは一度その背景から切り離されてしまえば、力を無くし、単なる「珍妙」としてしか浮かび上がってこない。そこから背景を新たに「発見」していくのは自主的な行為だ。山田と上田がオカルトのトリックを見抜いていくのが、まさにそのような過程なのだと思う。

 また、言葉遊びが非常に多いのもシリーズの特徴だ。これは、シリーズが堤監督にとっての「不思議の国のアリス」だからだろう。言葉=ロゴスは理性である。ルイス・キャロルの「アリス」は、とりとめのない夢の世界を描きながら、そこに言葉遊びを散りばめることで、現実との対比を生み、物語として成立させている。言葉遊びがカオスに陥りがちな世界に、コスモスを担保している。「トリック」シリーズにとって言葉遊びはパロディーだ。それはオカルトを面白がりながらも批判する、視線の二重性をも表現しているのではないか。

小梶勝男

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