冷たい雨に撃て、約束の銃弾を - 小梶勝男

◆ジョニー・トー監督独特の、芸術的なまでの銃撃戦を堪能できるフィルム・ノワール(83点)

 ジョニー・トーが「ヴェンジェンス 報仇(原題)」を撮ると聞いて、ショウウ・ブラザースのチャン・チェ監督作のリメークかと思ったが、全く違っていた。主演はフランス人のジョニー・アリディ。香港とフランスの合作で、最初はアラン・ドロン主演のフィルム・ノワールとして準備されていたという。ドロンが脚本を気に入らず、出演を取りやめたらしい。それはそうだろう。ストーリーはよく出来ているとは言えない。脚本を読んだだけでは、本作の魅力は伝わらないだろう。なにせ、「間合い」の映画なのである。男同士が敵になるのか、味方になるのか。撃ちあうのか、撃ちあわないのか。どのタイミングで銃撃戦が始まるのか。全ては相手と向き合い、「間合い」を計ることで決まる。映画はその「間合い」をじっくりと見せる。男たちが黙って顔を見つめ合う緊張感。それが一気に凄まじい銃撃戦へと転じる瞬間のエクスタシー。脚本では絶対に分からないトー作品の醍醐味だ。

 マカオにいる娘とその夫、孫たちを惨殺されたフランス人のレストラン経営者コステロ(ジョニー・アリディ)。復讐のため、クワイ(アンソニー・ウォン)、チュウ(ラム・ガートン)、フェイロク(ラム・シュ)の3人の殺し屋を雇う。だが、コステロの脳には昔受けた銃弾が残っていて、いつ記憶が失われるか分からなかった。やがて、コステロの復讐の相手が、クワイたち3人の組織のボス・ファン(サイモン・ヤム)であることが分かる。

 クワイたち3人はボスのヤムに依頼され、ホテルで男を殺害する。偶然、コステロはその現場を見てしまう。3人とコステロが、じっと顔を見つめあう。黙って去るコステロ。3人も、跡を追わない。コステロと3人との出会いの場面である。すでにこの時、両者はお互いの中に認め合うものを感じていたのだろう。顔を見るだけで分かってしまうのが、トーの世界だ。役者の顔がそれだけの説得力を持っている。アリディの青く光る、底なしの悲しみをたたえたような眼。アンソニー・ウォンの、叩いて叩いて、鍛え上げられたような表情。両者のにらみ合いには、「無言の会話」がくっきりと描かれている。

 コステロとチュウは、お互いに銃をいじっているのを見ているだけで、相手が相当な腕前だと分かってしまう。銃を解体し、どちらが早く組み立てることが出来るか。全く言葉を交わすことなく、勝負が始まる。コステロが勝ち、チュウが手を叩く。クワイが「お前は誰なんだ」と尋ねると、コステロは「レストランの経営者だ」と答える。「うそつけ」と言って、クワイが皿を投げる。それを撃つコステロ。最小限のセリフで、男たちがお互いを認め合っていく心の動きが、実によく分かる。何と見事な描写だろうか。

 撃たれて飛び散る血はスローモーションによって赤い噴煙となる。サム・ペキンパーのウェスタンのようだ。森の中の銃撃戦では、月が雲から出たり、雲に隠れたりして、辺りが明るくなったり、暗くなったりする。光と影が交互に訪れる中、大量の弾丸を撃ち合う男たちが、絶妙のカット割で描かれる。雨の中の銃撃戦は、アパートの上階から下の階へ、逃げていく男たちのアクションが素晴らしい。そこから、ヒチコックの「海外特派員」を思わせるような傘の群れの場面になるのが鮮やかだ。強風の吹く中、雑誌を固めた巨大なキューブを盾代わりに、殺し屋同士が撃ち合う場面も圧倒的な迫力がある。月光、雨、風と自然を使い、さらに様々なアイデアを盛り込んだ銃撃場面は芸術的と言っていいほどだ。

 コステロがクワイたちを雇うきっかけが、偶然にクワイたちの殺しを目撃したことだったり、コステロの復讐の相手が余りに簡単に見つかったり、ストーリーは完全とは言えない。だが、それが全く気にならない。一瞬でお互いを認め合ったコステロとクワイたちの男同士の友情と、自身の行動への迷いのなさが、作品に一本の芯となって通っているからだろう。

小梶勝男

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