乳癌をテーマにした感動ドラマ(55点)
女性がもっとも関心を寄せる病気といえば、乳がんをおいてほかにない。女性にとって、がんの中で最も多い死因という事実も重大だが、手術で乳房を失うケースがあることも、その理由のひとつだろう。心理的に、これほど恐ろしい病もあまりないから、30代以降、定期的に検診を受ける人も多い。
谷村志穂による感動小説『余命』は、そんな乳がんを題材とした作品。「手紙」(2006)の生野慈朗監督による、真剣味あふれる本格ドラマとして、このたび映画化された。
外科女医の百田滴(ももたしずく)は、結婚10年目にして待望の妊娠が判明する。売れないフリーカメラマンで、いまは妻の収入をあてに暮らす夫・良介(椎名桔平)も大喜び。ところが滴は、すぐに自らの胸の異常に気づく。それは、かつて手術で右胸を摘出した彼女がもっとも恐れていた、全身性乳癌の再発だった。
医学ジャンルの映画だが、必要十分な説明で素人にもよくわかる。癌の場合、妊娠は治療にとって最大の障害となる。胎児が育つに適した体内環境は、がん細胞にとっても最高のもの。もちろん、副作用が大きい抗がん剤の類の使用などは不可能だ。
効果的な治療ができず、それどころか病気の進行が予想される。そもそも再発した全身性乳癌には、完治の見込みはない……。
ここで母たるヒロインは、究極の選択を迫られる。倫理的、哲学的な問題をたぶんに含む、生と死に真正面から向き合った人間ドラマだ。
椎名桔平演じる夫が、どうにも子供っぽく、頼りないところがポイント。いまだに妻にベタ惚れ状態のこの夫の今後も、こうなってしまっては悩みの種。万が一自分が死んだ場合の、残された家族の経済的な面まで心配するヒロインの姿は、まるで母親と父親の悩みを一手に引き受けているようで、気の毒なほど。
こうした"ちょいと非現実的にも思える設定"は、しかしその後の驚くべき展開に、説得力を与える伏線となっている。
客層をほぼ女性限定と割り切っているためか、全編主人公の内面語りでつなげ、ひたすら女性視線で展開する。これで2時間以上というのは、正直長く感じる。もっと壮絶な生活観というか、生命力をみせてくれと思わぬでもない。
松雪泰子は、再発がわかったときの表情などに、演技面での成長を見ることができる。椎名桔平は、なんといっても終盤の海岸でのシーンにつきる。まるで、本当に隣の女性を愛しているように見える。心に深く残る演技であった。
ヒロインの選択については、見る人それぞれが判断すればいいものだが、私としてはたいへん合理的で筋が通っていると感じた。もし私が彼女の立場であっても、迷わず即時に同じ決断をするだろう。そういう意味では、逆にこの話にはなんの意外性も感じられず、退屈気味であったことは否めない。
ともあれ本作は、観客の年齢、出産経験の有無、性別、そして人生に対する価値観によって大きく感想が異なる問題作。おもに女性のための映画だが、はたして皆さんはどう感じるだろうか。
(前田有一)