◆早くも映画化?(85点)
共有のヤリ部屋で女の変死体が見つかり、通報前に男たちが協議する──某ヒルズ事件が早くも映画化された。
なんて事があるはずはないが、きっとこんな状況だったのだろうなあと思わせる本作の設定はあまりにも生々しい。
だが、この映画の魅力はそうした時事性、類似性ではなく、ガチンコ本格ミステリとしてのそれだ。後半に説明する。
デザイナーズマンションの最上階にある豪華なロフト部屋を、設計した建築家(フィリップ・ペータース)は彼と4人の親友で共有すべく提案する。やがて5人は妻以外の女たちとそれぞれ楽しんでいたが、ある日部屋のベッドに血まみれ女の死体が発見される。
5人は成功者だが、みな妻に内緒の空間を必要としていた。これには、結婚した男性の多くが共感する事だろう。家族の目が届かぬ個室を持てない男性は不幸なのである。この真実を理解できない女性は、決まってトラブルを起こす。ちなみにこの場合の"男性"には、たとえ10歳の息子であっても含まれる。
そんなわけでこの映画に出てくる5人の結束は固い。誰もがこの「部屋」の価値を理解しているからだ。だから、部屋の鍵が人数分しかなく、複製は不可能だとわかっていても、よもや自分たち5人の中に犯人がいるとは考えない。同じく、前述の「真実」に無意識のうちに共感した観客も考えない。そこがうまい。
これがあるから、妻たちを演じる女優の演技力が生きてくる仕組みだ。彼女らの顔を見ると「この女たち、ヤリ部屋の存在に気づいていたんじゃないのか?」と、観客の100%が感じ、恐ろしくなるように作られている。
だからといって論理的に思考すれば、この密室事件の犯人は鍵を持つ5人の誰かのはずだが、前述の設定の上手さと奥さんたちの意味ありげなムードが相乗効果を発揮して、観客は激しく混乱する。こうなればあとは監督と脚本家にとってはやりたい放題、騙し放題だ。
やがて映画は男たちによる推理=これまでの経緯の回想に移っていくが、この映画の偉いところはこういう所でもズルをしていない点だ。この回想シーンを入念に見ていけば、あるいは冒頭からちりばめられた伏線を推理すれば必ず真相にたどり着ける。最後の謎解きシーンで突然知らない人が出てきて「意外でしょうが実は私が犯人です」などと言う事はない。
もちろん、ほとんどの人は騙される。この意外な結末にたどり着くのは、たとえ桃太郎さんでも不可能だろう。真相判明シーンなどは、もっといくらでも衝撃的にできたのに、またする資格があるほど優れたオチだったのに、なぜそんなに淡々と控えめなの、と感じるほどだ。
117分間、つまらない部分なし。ベルギーで人口の10%が見たのもわかる傑作。こういう、面白いだけじゃなく厳密に作られた優秀なミステリが、なぜこんなにも小規模上映なのか、つくづく悲しい。
本来ならば、六本木ヒルズの巨大スクリーンで、上の人たちも呼んで華々しくプレミアをすべき傑作なのだ。せめてこれを読んでいる皆さんだけは、お近くで上映していたら出かけてあげてほしい。
(前田有一)