誰でも「孤独」なんだ。大統領だって・・・(点数 90点)
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ダニエル・デイ・ルイスがアカデミー主演男優賞を受賞した
『リンカーン』。ずっと楽しみにしていましたが、ようやく見てきました。
『リンカーン』は、私が予想していた映画とは
かなり異なる作品になっていました。
南北戦争の末期を描いた歴史映画かと思っていたがそうではありません。
戦争のシーンは、ゼロではありませんが、ほんの少しだけ。
合衆国憲法修正第13条、つまり「奴隷制廃止」を憲法に加える
法案をめぐった政治的駆け引きをめぐる政治映画
といった方がいいでしょう。
私がこの映画から感じたのは「孤独」です。
「大統領」という最高の地位を得たリンカーン。
多くの人たちの信頼と尊敬を集めていた、はずでありますが、
彼は圧倒的に「孤独」でした。
片腕である国務長官、しかし彼にも政治戦略の全てを
打ち明けることはできない。
それぞれの議員たちは、好きな勝手な主張をならべるばかり。
妻は息子を失った悲しみに明け暮れ夫リンカーンにつらくあたります。
軍隊に入隊したくてしょうがない長男は父であるリンカーンに
おもいっきり反抗します。
リンカーンが100%信頼できる人、あるいはリンカーンを
しっかりと支えてくれる人というのが、
少なくともこの映画には一人も登場しないのです。
その圧倒的な孤独とあらゆる方面からのプレッシャーを受けながら
「奴隷制の廃止」と「戦争終結」を両立させるという
難題に挑んでいくのです。
その執念。そして、意思の強さ。
なぜ、そこまで意思を貫き通すことができるのか?
そこが映画の見どころです。
人は誰でも「孤独」なのです。
結局、誰も助けてくれないし、最後は自分一人でやりぬくしかないのだ。
そんな現実の厳しさをひしひしと感じさせる作品です。
アメリカ人は「自由」や「平等」という言葉をよく使いますが、
それは一朝一夕に実現したものではない。
60万人もの貴重な命を犠牲にして、築きあげられた貴重な「自由」と「平等」
であるからこそ、アメリカ人はそれを尊重するのか、
ということが、この映画を見ると「感覚」的に理解する
ことができるでしょう。
ダニエル・デイ・ルイスの演技はすごかった。
おそらくリンカーンはこんな動きや仕草をしたに違いないという
イメージ通りのリンカーンがそこに存在します。
脇役陣も充実していますが、投票の行方を左右する
キーパーソンとなる議員を演じたトミー・リー・ジョーンズの
演技もが特に素晴らしい。
なせ、今、スピルバーグが「リンカーン」を映画化したのか、
というところはいろいろと考えさせられます。
私は、リンカーンの孤独。
つまり、トップに上り詰めるほどに相談できる人もいなくなり、
さらに孤独になっていくという心理は、
スピルバーグそのものではないかと思うのです。
スピルバーグ作品としてはかなり骨太でエンタメ性に乏しいかもしれませんが、
重厚な人間ドラマとして見応えのある作品になっています。
(樺沢 紫苑)