メリーさんは都市伝説ではなかった(60点)
90年代半ばあたりまでの時代、横浜界隈に出かけたことがあるならば、顔を真っ白に塗り、薄汚れたドレスに身を包み、荷物を持って歩いていた老婆を見た事のある人は少なくないはずだ。かくいう私も、何度か見かけたことがあり、「あの人は何なんだろう」と不思議に思っていた。
そのときの疑問が、まさかその後10年以上経ち、こうして映画批評家となり、都内の小さな試写室で一本の映画を観たときに氷解するとは、夢にも思わなかった。
じつは彼女こそ、ハマのメリーと呼ばれた伝説的な娼婦。映画『ヨコハマメリー』は、彼女の生きた昭和の時代を描くため、たくさんの証言者のインタビューで構成されたドキュメンタリーである。
メリーさんが、50年以上も現役を続けた街娼というのはわかったが、ではなぜそんな人生を歩むことになったのか。普段はどんな暮らしをしていたのか。若いころは、どうだったのか。そして、彼女が愛した昭和の横浜という町は、どんなところだったのか。
監督は本作がデビューとなる、30歳の中村高寛。余計な演出は抑え、淡々と関係者へのインタビューを重ねる姿は、とても誠実に見える。
インタビューされる人のなかで、最も印象的なのは、シャンソン歌手の永登元次郎さん。彼は、メリーさんと同じように大きな苦労をしていた人で、二人の間には同士ともいうべき、強い絆が結ばれていた。病に冒され、余命幾ばくも無い彼の歌は、まさに魂を振り絞るとでも形容すべきもので、これが流れるラストシーンには、私は深い感動を覚えた。
『ヨコハマメリー』は、優れたドキュメンタリーであり、横浜に愛着がある人、メリーさんを一度でも見かけたことのある人は必見の作品だ。そこには若い人にはわからない横浜の姿があり、幾多の人間ドラマが凝縮されている。
生々しい話はカットしていたのか、映画を観終わってもメリーさんの謎は、ほとんど解き明かされず、彼女は相変らずミステリアスなままだ。だが、今となってはそれでもかまわない。大変見ごたえのある、人情味を感じられるいい映像を見せてもらった気分だ。
(前田有一)