今の段階ではこれが限界か(55点)
09年6月25日に突然この世を去ったスーパースター、マイケル・ジャクソン最後の姿を見られるということで、本作の前売りチケットは爆発的な売れ行きだったと聞く。諸般の事情で期間限定上映となったため、一部上映館では常識はずれの高回転体勢でいよいよ本日から公開となったわけだが、プレス向け試写会も今日、上映初日という異例の日程で行われた。
内容は、彼の死で幻と消えたロンドン公演のリハーサル模様が中心。スリラーの3D版新作の映像や、MJを尊敬し、オーディションを勝ち抜いたバックダンサーらのインタビューも織り込まれるが、量的にもほとんどはマイケルが私用に撮影させた練習風景、との触れ込み。
貴重な映像には違いないし、あの大スターが気さくに周りを励まし、前向きなメッセージを連発して団結力の中心となっている様子はたいへん感動的。ただ、やはり肝心のパフォーマンスは「練習」である以上、迫力不足は否めない。どんな歌手だって、合わせの段階で本気を出すものなどいない。本作を見る人は、わかっちゃいるけど忘れがちなこの事実を認識し、これはあくまでライブのメイキング、と割り切って見るとよい。そうでないとフラストレーションがたまる。
それでも、パートナーの熱演に思わずマイケルが本気の熱唱をする場面などは、見ていて熱いものがこみ上げる。ファンのために彼がどれほどこの公演にかけていたか、強く伝わってきて泣かせる。個人的には、おそらく彼の人柄からくるのであろう、現場の雰囲気の穏やかさに驚かされた。私の知る限り、この手のエンタメ現場の裏側は、もっと厳しく、そして殺伐としているものだ。MJのコンサートは、構成するスタッフ、ダンサー皆が超一流だけあって、彼の指示を的確に、すぐに表現するレスポンスの良さを強く感じさせる。まさに「ファミリー」のようだ。
この映画で残念なのは構成と編集で、これは映画自体が突貫工事だったことと、死の直後ということで色々と大人の事情が絡み、明確な、というより面白くなりそうなコンセプトを採用できなかったことが大きいのではないか。
具体的にいうと、少々綺麗事すぎというか、マイケルを伝説的存在にしたい感が出すぎていて少々鼻につく。彼はもうとっくにそういう存在だし、過去のもろもろだって皆知って、その上で愛しているのだから、もっと遠慮なくやってよかったと思うのだが。とはいえそれには、映像素材も製作時間もあまりに不足だったということか。
いつか時が過ぎ、人々の熱狂が収まったころ、一人の不世出のスターの軌跡がもう一度映画になる日が来るだろう。そのときは、彼の弱いところ、人間味、そして他を圧する才能の凄みを存分に収録した、本当にいいものが出来上がると私は信じている。
(前田有一)