◆素直なベンジャミンの人間性に、多くの観客は共感を寄せるだろう(90点)
老人として生を受け、年月の経過とともに若返っていく。そんな摩訶不思議な運命のもとに生まれたベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)。彼は老人施設で育てられたのちに家を出て、さまざまな人々と出会いながら人生経験を積む。顔中にあったシワがなくなったころ、ようやく愛する幼なじみのデイジー(ケイト・ブランシェット)と一緒になるが……。
巻き戻しの人生を宿命づけられた男の生涯を、抑制を利かせた筆致でていねいに描いた作品だ。ベンジャミンが残した手記をひも解く形態で進む物語は、インパクトのある設定に加え、主人公のモノローグ(独白)と、「年老いた赤ん坊」に代表される高度な映像技術も功を奏し、観客の興味と関心をまたたく間にスクリーンに惹き付ける。
ベンジャミンが抱える孤独やコンプレクッスは計り知れない。がしかし、彼はそうした気持ちをおくびにも出さない。ベンジャミンが人生において常に人々から愛され続けたのは、必要以上に現実を悲観しない彼の前向きな性格と、生来の平和主義のおかげだろう。
見かけや体(機能)の巻き戻しとは別に、精神だけは通常の人間と同じように成長していくベンジャミン。派手さはないが、人並みに好奇心や冒険心を持ち、人を愛し、労り、慈しみ、謙虚かつ誠実に人生を歩む。他人に媚びへつらうことも、あるいは自分を大きく見せることもない。そんな素直なベンジャミンの人間性に、多くの観客は共感を寄せるだろう。
終盤、自分の家族にまつわるエピソードのなかで彼が下した選択(それを黙認したデイジーの選択)には納得しがたいものがあるが、その「納得しがたさ」こそが、凡人が推察する「想像上の孤独」とベンジャミンやデイジーにしか分からない「真の孤独」との乖離であり、その距離感を最後まで保ち続けたことが、本作「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」の価値ではないだろうか。
映画的な構造が「フォレスト・ガンプ/一期一会」(94年)に似ているのは、脚本を「フォレスト・ガンプ/一期一会」の脚本家エリック・ロスが手がけているためだ。モノローグ、人生の一大絵巻、誠実な人生、現在と過去の往復……等々、類似点は少なくない。もちろん、だからといってこの作品の評価が下がるわけではない。むしろ氏のお家芸として評価するべきだろう。
監督は「セブン」(95年)や「ファイト・クラブ」(99年)で知られるデヴィッド・フィンチャー。本作「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」は、氏のこれまでの作品とは世界観を異にするものの、純度100%のファンタジーをリアリスティックに描写した手腕はお見事。彼の作品リストにまた新たな代表作が加わったことになる。
映像のすばらしさも忘れてはなるまい。VFXの技術を駆使した革新的な映像は、奇抜な原作の映画化を可能とし、"大人になった俳優が子供を演じる"という従来あり得なかったケースをブラッド・ピットに与えた。この映像に触れられるだけでも、劇場に足を運ぶ価値はある。
興味深い設定と人生を深く洞察する物語、それに革新的な映像……それらを堪能しているうちに167分はあっという間にすぎる。鑑賞後の余韻は、長く、静かだ。ベンジャミンのせつなくも豊かな人生に、自分自身の人生を重ね合わせたときに見えてくるものを大切にしたい。
(山口拓朗)