まるで夢の中で夢を見ているごとき不思議な体験。それは「インセプション」風の挑発に満ちたものではなく、森羅万象が時間の概念を超越してたゆとう感覚だ。(点数 40点)
(C)A Kick the Machine Films
緑濃いジャングルの深淵、そこは死者と精霊が帰っていくところ。命
が尽きかけた人間は穏やかな気持ちで、人生に迷っている者は吸い寄
せられるように足を踏み入れていく。もはや現世との境界は曖昧にな
り、生老病死の四苦から解放された心が浄化されていく。ところが、
恐ろしく緩慢な話法はイマジネーションを刺激するには程遠く、理解
を越えたメタファーの数々には戸惑うばかりだ。せめて森の木々に瑞
々しい生命力が感じられるほどの深い美しさが映像にあれば印象は違
ってきたと思うのだが…。
死期が迫っているブンミは義妹のジェンとその息子・トンを呼び寄せ
る。3人が食卓を囲んでいると、死んだ妻・フエイの幽霊が現れ、さら
に行方不明だったブンミの息子が猿の姿をして近づいてくる。
霊は場所ではなく人に執着するとフエイはブンミに告げる。つまり誰
かが覚えている限り死者の魂は生き続けているということ。ブンミは
かつて共産軍の兵士をたくさん殺したと告白するが、やはりその亡霊
にも苦しめられてきたのだろう。病気をカルマととらえるあたり、戦
場であっても人を殺した罪の意識にずっと苛まれていたに違いない。
まるで夢の中で夢を見ているごとき不思議な体験。それは「インセプ
ション」風の挑発に満ちたものではなく、森羅万象が時間の概念を超
越してたゆとう感覚だ。ただその背景にある仏教的な思想や風習は敷
居が高く、最後までこの作品世界についていけなかった。
(福本次郎)