盗んだり騙したりする人間がいなかったのは、この救いのない物語に一条の希望の光をもたらしていた。 (点数 70点)
(C)2010 Human Film, Iraq Al-Rafidain, UK Film Council, CRM-114
岩だらけの荒涼とした大地、破壊されたまま放置された建物。戦争の
傷痕がまだ色濃い荒廃した国を、老婆と少年は南へ向かう。老婆にと
ってはかけがえのない息子、少年にとっては記憶にない父と会うため
に。ふたりの道行はわずかな望みに縋る旅でもあり、過去に決別する
旅でもある。映画はフセイン政権崩壊直後のイラクを舞台に少数民族
という微妙な立場の祖母と孫が辿る行程を通じ、親が子を思う心と子
が親に抱く理想、そして彼らを見つめる人々の視線を描く。
クルド人のアーメッドは祖母と共に湾岸戦争時に行方不明になった父
の身柄を引き取るためにナシリアに向かう。ヒッチハイクとバスを乗
り継いで旧刑務所に到着するが、そこには彼はいなかった。
遺骨だけでもと、アーメッドと祖母は共同墓地を訪ね名簿を調べるが、
父の名は見つからない。彼は反フセイン派として逮捕・弾圧されたの
だろう。当然、墓地の管理は杜撰で身元の分かる遺体は少ない。そん
な中、アーメッドらはムサという男と知り合って父探しを手伝っても
らう。ムサはかつてクルド人虐殺に加担した経験があり、せめてもの
贖罪の意識がふたりの目的を叶えさせようとする。国土はズタズタで
も、助けあいの気持ちは残っているイラク人の優しさがあたたかい。
アーメッドと祖母の道程は無常と絶望に満ちている。それでも盗んだ
り騙したりする人間がいなかったのは、この救いのない物語に一条の
希望の光をもたらしていた。
(福本次郎)