ケヴィン・ベーコン監督の優しい視点が心地よい(70点)
ケビン・ベーコンといえば、ハリウッドきっての個性派俳優。悪役から善人まで、その幅広い演技力は高く評価されている。そんな彼が、初めて長編映画を撮った。それが『バイバイ、ママ』だ。
ユニークな両親により、完全な放任主義で育てられたヒロイン(キラ・セジウィック)は、少女時代の経験から、男性を信用できない女性へと成長した。しかし、異様に子育てに執着する彼女は、行きずりの男から子種だけもらい、狙い通り息子を出産する。しかし、シングルマザーとなった彼女は、息子が6歳になっても全く子離れができず、異常なまでの愛情を注ぐのだった。
ヒロインを演じるキラ・セジウィックは、ケヴィン・ベーコン監督の奥さんで、このほかにも彼らの実の息子や兄らが、出演者やスタッフに名を連ねる。また、監督本人も大事な役柄で出演している。つまりこれ、ケヴィン・ベーコン一家手作りの、非常にミニマムな映画といえる。
予算は小規模と思われるが、それでも必要十分で、子離れできない少々異常な母親の心理を、十分な説得力をもって描いている。力の入りがちな長編初監督作品だというのに、あれもこれもと欲張らず、上映時間をわずか86分に抑えた点もよかった。
この母親は、息子を学校に通わせないばかりか、親切にしてくれる隣人からも逃げ回り、徹底的に外部との接触を避けようとする。しかし、息子は健全に育っているから、外の世界に対する好奇心が募るばかり。さらに、一切他者との関わりを持とうとしない彼女を、社会も許すはずもない。やがて彼女の方針は、徐々にほころびを見せはじめる。
ぱっと見れば、異常な母親であるが、なぜそうなってしまったのかは、並行して描かれる少女時代の出来事が進むにつれ、やがてわかる。そして、ベーコン監督は、こんな母親に対しても、じつに優しい視点を持っている。これが私にはちょっと意外で、そしてとても気分よくさせてもらった点でもあり、支持したいところだ。
この映画では、一見欠陥そのものにみえるこの家族の形や、母親本人に対して、決して単純に責めたりはしない。この映画を見て、「バカな母親で嫌になった」と感じる人は多いかもしれないが、そこで終わってしまっては、この監督の言いたいことは永遠に理解できない。世の中、メインストリームを歩ける人間ばかりではない。『バイバイ、ママ』に出てくるような、心を病んだ人たちに目を向けることも大事なのだと、この映画は教えてくれる。
時折でも、このように弱者に優しい視点の映画を見つけると、私は心底ほっとする。真剣に人間をみつめる監督がまた一人登場したということで、今後も期待したい。
(前田有一)