シェラデコブレの幽霊 - 小梶勝男

◆Jホラーの原点ともいえる伝説の作品がついにベールを脱いだ。多くのホラー・ファンにとってトラウマとなった怖さは、今見ても十分に納得できる(88点)

この映画は劇場未公開映画です。評価の基準は未公開映画に対してのものとなります。

 現在、「Jホラー」と呼ばれるジャンルを作った黒沢清、高橋洋、小中千昭、鶴田法男、中田秀夫、清水崇らの著作や講演、対談などを追うと、Jホラーに直接的に影響したと思われるいくつかの作品が出てくる。それはジョルジョ・フェローニの「生血を吸う女」(1961)であり、ジャック・クレイトンの「回転」(1961)であり、ハーク・ハーヴェイの「恐怖の足跡」(1961)であり、ロバート・ワイズの「たたり」(1963)であり、ジョン・ハフの「ヘルハウス」(1973)であり、ダニエル・マイリックとエドゥアルド・サンチェスの「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1999)であり・・・・・そして、「シェラデコブレの幽霊」なのだ。

 だが、本作はこれまで、見ることが出来なかった。高橋洋は著作「映画の魔」(青土社、2004)で、「女優霊」や「リング」のアイデアの根底に、子供のころに見た怖ろしい映画の予告編があるとして、「当時、日曜洋画劇場でオンエアされた『シェラデコブレの幽霊』が怪しいという情報もあるのだが・・・・、残念ながら手に入らない」と書いている。

 2006年のカナザワ映画祭では、黒沢清監督の「LOFT」上映前に、黒沢氏と高橋氏のトークイベントが開かれたが、話題は本作のことばかりだった印象がある。そのころから、見たいと思い続けていた作品だった。

 本作は1967年8月、淀川長治が解説を務める「日曜洋画劇場」で一度だけ放映された。登場する幽霊が余りにも怖かったため、見た人たちの心に深くトラウマとなって残り、多くのJホラー関係者の間で、未だに「最も怖かった映画」として語り継がれている。

 本作のフィルムを所有する映画評論家・添野知生氏によれば、元々は、「サイコ」などの脚本家ジョゼフ・ステファノが1965年、米国のテレビシリーズのパイロット版として製作・監督・脚本を手がけたモノクロ作品だったという。だが、怖すぎてテレビ局内の試写で具合の悪くなる人が続出し、お蔵入りになった。結局、米国では一度も公開・放送されず、ホラー・ファンの間で、もはや見ることが出来ない「最恐の映画」として伝説化した。

 2009年8月、関西朝日放送の番組「探偵ナイトスクープ」で取り上げられたのをきっかけに、一般にも知られるようになり、2010年2月6日、ホラー映画向上委員会が、フィルムを偶然入手した添野氏の協力によって、神戸映画資料館で上映会を開催するに至った。添野氏によれば、これまで3度上映したが、一般向けの上映会は今回が初めてという。

 伝説の作品をこうして見ることが出来たのだから、添野氏とホラー映画向上委員会に深く感謝したい。上映会には多くのホラー映画関係者も詰め掛けていた。

 建築家であり、アマチュア心霊探偵でもあるネルソン・オライオン(マーティン・ランドー)は、資産家マンドール家の美女ヴィヴィア(ダイアン・ベイカー)から、ある依頼を受ける。盲目の夫ヘンリー(トム・シムコックス)に、毎晩亡霊から電話がかかってくるという。調査のためマンドール家の納骨堂を訪れたネルソンとヴィヴィアに、怪異が襲いかかる。

 これだけ「最恐」といわれ、期待が高まってしまうと、それに応えるのはかなり難しいものだが、それでも怖い場面があった。少なくとも、これを当時の子供たちがテレビ番組で何気なく見たら、さぞかし怖かっただろう、と思わせるものはある。Jホラー、そして最新の「パラノーマル・アクティビティー」(2010)にも連なる恐怖描写の原点を見た思いがする。

 テレビ番組のパイロット版だから、49分48秒の中篇だ。カルト映画を想像すると全く違う。むしろ、普通のドラマとしてよく出来た作品で、序盤から徐々に恐怖を盛り上げていく演出は非常に手堅い。特筆すべきは、音の使い方だろう。音楽や効果音をほとんど使わず、ここぞ、というときにひどく耳障りな女の悲鳴を聴かせるのだ。それは低音の唸りと高音の悲鳴がミックスされた、何とも言いようのない嫌な音で、異様な迫力があった。納骨堂での怪異は、ドアが勝手に開いたり、見えないものが迫ってきたりするだけなのだが、ダイアン・ベイカーの表情が美しく、しかも恐怖を実によく物語っている。この場面には上品なエロティシズムを感じた。自動車が崖に向かって勝手に動き出すシーンもスリリングだ。そして、ついに姿を現す幽霊が、半透明に白く輝きながら、焼け爛れたような顔で叫び狂う。西洋のモンスターというより、日本の幽霊のようなのが面白い。ひたすら叫ぶ幽霊というのは、黒沢清監督の「叫」(2007)でも見た。「叫」の幽霊が叫ぶことで忘れ去られた「過去」を告発するように、本作の幽霊も、悲鳴によって忌まわしい過去の事件を告発する。

 それはメキシコの寒村シェラデコブレでの惨劇なのだが、安易に回想場面を描かず、俳優たちの語りだけで伝えられるのが良かった。見るものに想像する余地を与えている。そして、想像こそが恐怖を増大させるのだ。

 叫ぶ幽霊の描写は結構派手で、静かな展開からは突出している。ラストなど、ボンッと爆発とともに幽霊が飛び出してくる。この突出感がまた、不気味なのである。異様なチグハグさの不条理。それが本作を伝説化せしめているのだろう。

 ただ、本作にはいくつかのバージョンがあるらしく、「日曜洋画劇場」で放映されたバージョンとは、ラストが違うのではないか、という話もある。テレビ放映版が残っていない(あるいは、どこかの納骨堂で眠っているのかも知れないが、今もって発掘されていない)ので、比べようもないのだが、どこまでも幻の作品なのである。

 添野氏とホラー映画向上委員会の目標は、本作のDVD化だという。多くの人に見て欲しい作品なので、私も微力ながら応援していきたい。

小梶勝男

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