◆“月に行った男たち”が本音で語る舞台裏(70点)
なぜ今、アポロ?――と、今日性のないテーマに疑問を感じつつ見始めたのだが、冒頭からたちまち引きこまれた。アポロとその時代を知る世代なら、誰もが多かれ少なかれそうなるのではないかと思う。若い世代のために申し添えれば、「アポロ」とはアメリカ航空宇宙局(NASA)が実施した月面探査計画のこと。1969~1972年にかけて彼らは6回のミッションに成功し、計12名の宇宙飛行士を月面に送りこんだ。それから現在に至るまで、地球以外の天体に降り立った人類は、この12人をおいて他にいない。
『ザ・ムーン』は、そのアポロ計画の軌跡を、NASAが冷却保存していた記録映像と、実際に月に行った男たちのインタビューで再現したドキュメンタリー作品だ。中心はもちろん、初めて月面着陸に成功したアポロ11号。当時小学生だった筆者は、着陸の直前、アームストロング船長が平坦な場所を探し、60秒というタイムリミットの中でギリギリの飛行をしていたことを初めて知った。過去の記録映像だとわかっているのに、その種のシーンになると、まるで現在進行中のミッションを見るように手に汗握ってしまうのはなぜ?
七十代を迎えた元宇宙飛行士たちの肉声も興味深い。現役の宇宙飛行士はエリート然とした優等生的な発言しか許されていないようだが(それはそうだ。“劣等生”のやることに巨額の税金を投入しようとする納税者はいない)、そうした責任から解放された老兵たちは、意外なほど人間くさい、率直な語り方をする。アームストロングと共に月面一番乗りを果たしたオルドリンの告白はとりわけ傑作。彼が「あること」を月世界で初めてしたと語るシーンには、思わずクスリと笑わされた。一方、司令船にひとり残ったコリンズの、「月に立てなかったのは残念だが、その役目を受け入れたからこそ、私は11号のメンバーに入れたのだ」という言葉にも、陰影が交錯する人生を送った者ならではの味わいがある。
複数の元宇宙飛行士が「月に行ってからは以前ほど日常の些事が気にならなくなった」と語っていたのも印象的。月に立つという超絶的な体験をすると、人はある種の悟りの境地に達してしまうらしい。凡人にとってはうらやましい限りではある。くだらない些事に悩んだり喜んだりできる人生も、ちょっと愛おしかったりするのだけれど。
(町田敦夫)