「癒し」や「救い」は簡単ではない。(点数 90点)
(C)MMXII by Western Film Company LLC.border=”0″ />
凄い映画です。
また、精神科医である私にとっては、見逃してはいけない映画でもありました。
ただ、万人にはおすすめしません。
ポール・トーマス・アンダーソンが『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)
以来5年ぶりに手がけた監督作。
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』も、
怖いほどの鬼気迫る人物描写と役者陣の演技、
そして非常に深い人間存在にかかわるようなテーマが
描かれていましたが、まさに『ザ・マスター』も
同じようなテイストで描かれた超重厚な作品となっています。
一言で言えば、アルコール依存症からの回復過程。
心の病からの回復といえば『世界にひとつのプレイブック』も同じですが、
それと比べて、あるいは比べなくても、
かなり重苦しい作品といえるでしょう。
第2次世界大戦の帰還兵フレディは、アルコールに溺れ、
あきらかにアルコール依存症です。
さらに、激しい暴力衝動と性衝動に突き動かされ、
トラブルを重ね、社会からも逸脱していきます。
そんなさなか、偶然に巡りあった新興宗教の教祖ドット。
フレディは教団と行動をともにしながら、さらにカウンセリングを受け、
心の平静をとりもどして行きます。
このフレディとドットの人間関係が見どころです。
それは、単なる教祖と信者の関係ではありません。
私が一番好きなシーンは、フレディが暴力沙汰をお越し、
二人が刑務所に収監されるシーン。
そこで、二人の心の内を露呈します。
ドットを罵倒し、暴れまくるフレディにドットは言います。
「お前を好いてくれる人間は、俺以外に誰かいるのか?
いるのなら言ってみろ。お前は、お前のことを空いている唯一の人間だ!」
と。
父親がおらず、母親も精神病院に入院し、恋人も失ったフレディは、
完全に「孤独」だった。
そこで出会った唯一の心の支えが、ドットだったのだと・・・。
「心の病」を持つ人を、誰が支えるのか?
同じ問題を扱った『世界にひとつのプレイブック』では、
主人公は心の痛みを共有できる良きパートナーと出会います。
しかし、『ザ・マスター』のフレディは、信仰宗教の教祖、
ドットしか出会えなかった。
それは、幸せだったのか、不幸だったのか。
あるいは、フレディは病気を乗り越えにれるのか。
あるいは、ドットはフレディに救いを与えられるのか・・・。
アカデミー賞は3部門でノミネートされるも受賞ならず。
ヴェネチア映画祭では、銀獅子賞、主演男優賞を受賞。
ホアキン・フェニックス演じるフレディの共感を拒絶するような
「狂気」の演技は見もの。
もちろん、フィリップ・シーモア・ホフマンの教祖の存在感を
醸し出す演技もすごい。
エンタメを期待する方は、見ない方がいいでしょう。
頭を抱えるだけです。
ただ、映画が終った後にいろいろと考えるのが好きな人には、
たまらない一本かもしれません。
(樺沢 紫苑)