サヨナライツカ - 福本次郎

◆執拗に熱い視線を絡ませる男と女。男はその女にファム・ファタールの予感を覚え、官能に溺れていく。細かいカット割りと大胆なカメラワークで、理性を失うほどの狂おしい苦悩にさいなまれていく様子が繊細かつ饒舌に描かれる。(70点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 執拗に熱い視線を絡ませる男と女。男はその女にファム・ファタールの予感を覚え、官能に溺れていく。結婚を間近に控えたエリートサラリーマンが南国の喧騒で出会った女と密会する過程で、映画は恋愛の本質に迫っていく。愛した記憶と愛された記憶、貪るようにお互いの肉体を求める姿は人生のはかなさを象徴しているようだ。細かいカット割りと大胆なカメラワークで、分別を持った大人が、理性を失うほどの狂おしい苦悩にさいなまれていく様子が繊細かつ饒舌に描かれる。

 バンコク勤務の辞令をうけた豊は現地で沓子を紹介される。後日、豊のアパートを訪ねてきた沓子はいきなり豊を誘惑する。沓子は高級ホテルでぜいたくな暮らしをする謎の女、豊は沓子のスイートに入り浸るようになる。

 婚約者を日本に残し単身赴任の豊は、着任早々大きな案件をまとめるなど有能であるだけでなく、周囲から「好青年」と呼ばれているあたり普段は人当たりも良いのだろう。しかし、ここで描写される豊はほとんど表情を変えない、いわば本音の部分の豊。成功の階段を着実に昇る一方で、そんな己を冷めた目で見ているもうひとりの豊だ。沓子の出現と存在は、このまま順風満帆のキャリアを積むことへの不安が生んだ彼の願望だ。心の声に忠実な姿こそ真実の自分、豊はそう思いこむことで、厳しいビジネスの世界から息抜きをしていたに違いない。

 沓子と豊の睦みあいでは脚の筋肉の緊張で絶頂を、婚約者が沓子の部屋に押し掛ける場面では一瞬4本の足の画をかませてふたりの女の葛藤を再現する。さらに空港での別れのシーンでは、豊を中心に、沓子といるときは右回り、その後の婚約者が現れると左回りにカメラを動かし、夢から覚めて現実に戻るような効果をもたらす。美しい映像とともに非常に表現術に凝った作品だった。その後、社長にまで上り詰めた豊は沓子が本当に愛した唯一の女と気づき、仕事を投げだして彼女が住むバンコクに足を運び、結婚式まで挙げるが、ほどなく沓子は消える。求めるべきときに求めなかったという後悔、やはり沓子は豊にとって永遠に手に入らない幻影だったのだ。

福本次郎

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