◆独り試練に立ち向かう少女の決意が心を揺さぶる(70点)
『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(93)のヘンリー・セリック監督が、またまたストップモーション・アニメを駆使して創り上げた、ちょっぴりダークなファンタジー。11歳の少女コララインは、新居で見つけた不思議な扉の向こうで、現実世界とよく似た「もうひとつの世界」と出会う。「別のママ」は料理上手、「別のパパ」は楽しいことが大好きと、構ってくれない本当の両親とは大違いだが、なぜか彼らの目はボタンになっていて……。
人気作家ニール・ゲイマン(原作)の創造した、タフでトンガったヒロイン像がユニークだ。コララインはいわゆる素直な優等生ではなく、意地悪な男の子にはきっちりとしっぺ返しをする女の子。これなら白雪姫みたいにあっさり毒リンゴを食べさせられることはないだろうと思わせる。彼女と同年代の観客は、そんなヒロインへの感情移入を最初は留保するかもしれない。だがコララインの不満や悩みは、彼らの多くが共有するものだ。彼女が独り異世界に踏みこみ、奪われた両親を取り戻そうと奔走し始める頃には、コララインの困惑や、恐怖や、心細さまでが、彼ら自身のものとなっているだろう。
「別のママ」の正体が魔女だとわかってからは、怒濤のクライマックスまで一直線だ。コララインが過去に犠牲になった3人の子どもの目を取り返し、消えた両親を奪還するという物語の構造は、まるで一面ずつステージをクリアしていくコンピューターゲームの趣き。「アイテム獲得」や「ボスキャラ倒し」といった要素も盛りこまれているので、さらにその感が強くなる。
ただし本作には、コンピューターゲームが決して持ち得ない美点もある。運命が自らに課した責任を引き受けてひとり試練に立ち向かうコララインの勇気が、あるいは意外なところから差しのべられる救いの手が、真に観る者の心を動かすことだ。本作の作り手は現実の世界を手放しで礼賛してはいない。現実は往々にして退屈だし、思うに任せないことだらけだ。しかしそんな不完全な世界を不完全なままで肯定し、のみならず感謝さえしたくなるようなある種の健全さを、本作は斜に構えた外見の裏にたたえている。お子さんのいる方はぜひ一緒に鑑賞し、いろいろと話をされるといい。
ストップモーションアニメというのはご存知の通り、人形をほんの少しずつ動かしながらこま撮りしていく手法。CGアニメが全盛の世にあって、適度なぎこちなさと大いなる手作り感が味わえる。コララインの表情が本当に豊かで、ともすればCGで作った顔をのっぺらぼうの人形に「貼り付けた」だけのようにも見えるが、実際には20万通り以上ある頭部をひとこま単位ですげ替えながら、表情の変化を作っている。当然、撮影には膨大な時間がかかるわけで、たとえば61匹のネズミがサーカスを演じるシーンなどは、2~3分の長さの映像を作るのに66日かかったとか。
古くからあるストップモーションアニメを、最新の3D技法と組み合わせているのも本作の特徴。筆者は2Dと3D、両バージョンの試写を観たが、異界に通じるトンネルが画面の奥に延びていく様子や、魔女の作った世界が崩壊していくときの一種異様な揺らぎなどは、3Dの映像の方が圧倒的に優れていた。サーカスやミュージカルシーンの「奥行き効果」や「飛び出し効果」もいい具合に仕込まれている。3D上映の割増料金を払っても、本作に関しては損はないと断言しよう。
(町田敦夫)