◆混じりけのない壮大な大自然と、清濁を併せ呑む人間。そのコントラストが、見る者の心をゆさぶる(85点)
"神が住む山"と称されるチベット山岳地帯の秘境"ココシリ"──。海抜4700m、零下20℃、空気濃度は地上の1/3という想像を絶する過酷な大自然を舞台にくり広げられる物語。実話に基づいた見ごたえのある骨太映画である。
高値で取り引きされるチベットカモシカ(超高級毛織物の原料)が乱獲され、その生息数は、20年の間に、100万頭から1万頭に激減した。そんな悪質な密猟を取り締まるべく民間の山岳パトロール隊が結成された。がしかし、この取り締まりには、想像を絶する命がけの戦いが待っていた……。
過酷な自然環境のなかで、何名ものパトロール隊の命が失われていく。ある者は流砂に。あるものは寒さに。ある者は飢えに。ある者は高山病に。ある者は敵の銃に。ココシリの野生動物と自然を守る代償としての「死」、その重さはいかばかりか。
驚くべきは、このパトロール隊に資金がないことである。隊員には1年間給料が支払われていないという。そして、ときに彼らが密猟者から没収したチベットカモシカの毛を売りさばいて資金調達をしていたという事実も……。中国とチベットの両者間に横たわる社会問題や、倫理的・法律的矛盾を内包しながらも、パトロール隊は、みずからの共生哲学のために身を粉にする。
密猟者の首謀者を捕らえるために命をかけるパトロール隊を、俳優の一人ひとりが、実際にその過酷な職務に命を捧げた人たちの魂に波長を合わせるかのように熱演。隊員たちの強靭な意志と執念は、(日本人を含め)物質的な豊かさのなかで弛緩する人々の背筋を正すに十分な力を持っている。
なお、この映画には、パトロール隊で密着取材を続ける北京在住のガイ(チャン・レイ)という記者が登場する。チベットに不案内な観客は、彼のココシリの現状を知ろうとするニュートラルな視点を通して、チベットに生きる者たちの民族性や死生観、共生哲学、そして切実な生き様に触れることができるのだ。こうした映画構造面での丁寧さも大いに評価したい。
"神が住む山"と称するにふさわしいココシリの自然が圧巻だ。息をのむほど神秘的な光景だ。しかし一方で、いかにそこに崇高な神が住もうとも、人間たちが日々、泥水をもすすりながら必死に生きているのも事実。混じりけのない壮大な大自然と、清濁を併せ呑む人間。そのコントラストが、見る者の心をゆさぶる。
撮影は現地ココシリで行われたという。それは、映画という"作り事"に甘えようとしない監督ほかスタッフの執念にほかならない。180日におよぶ長期ロケのなかで、スタッフの多くが高山病で体調を崩し、ときに点滴を打ち、ときに酸素バッグを抱え、ときに救急車を待機させながら、過酷な撮影に挑んだという。その映画作りにかける勇敢さと自己犠牲の精神が、身を挺してココシリを守ろうとするパトロール隊の"熱い生き様"と重なる。
(山口拓朗)