◆大量破壊兵器にまつわる陰謀を暴く戦争アクション。政治的な題材だがエンタメ映画として楽しめる。(70点)
2003年のイラク。米軍のロイ・ミラー上級准尉と彼の部隊は、大量破壊兵器の所在を追う極秘任務に就く。危険な捜索が続くがなぜか兵器は発見できない。国防総省の動きと情報を不審に思ったミラーは、独自に調査を始めるのだが…。
グリーン・ゾーンとはイラクに駐留する米軍のための安全地帯。バグダッド中心部の一等地で、そこにはイラク政府再建のための連合国暫定当局がある他、ショッピング・モールやフィットネス・クラブなども完備している。イラク人の目には、旧フセイン政権の宮殿と同じ権力の中枢であり、米国に反発する反体制の人々には、占領の象徴でしかない。映画は、大量破壊兵器の所在に振り回されるミラーを案内役に、バグダッドの危険区域を駆け抜けていく。
米国が、ありもしない大量破壊兵器を探すため軍を駐留させたイラク戦争の顛末は、今や誰もが知っている。それはブッシュ政権がプロデュースした一大茶番劇だ。現実問題として、米国のガセネタで世界中が踊るなど笑えない冗談のようで、怒りがわいてくるが、映画は、アクションという手法で過去を再現し、権力に抗う主人公の勇気をヒロイックに描いて楽しませる。真相に迫るミラーを執拗に妨害するのは、敵であるイラクのテロリストではなく米国国防省だった。グリーン・ゾーンのプールサイドは安全で快適だが、そこは戦争という一大イベントの損得を決める賭博場のよう。サイコロを振るのは、国防省かCIAか軍部か。謎の情報源“マゼラン”の影には衝撃の事実が隠れている。
グリーングラス監督の上手いところは、政治的にしようと思えばいくらでもできる素材を、あえてアクション活劇のように作り上げ、より多くの観客をターゲットにしたことだ。国家の欺瞞に対し、ノーと言う人間がいたとする物語は、一般の観客にアメリカ人に残る善意を強くアピールする。さらに、祖国の将来を憂うイラク人青年フレディの存在が、クライマックスに大きな意味をなし、世界はそう単純には操れないと教えてくれるのだ。
エンタテインメント・アクションにふさわしく、虚実とりまぜた物語をスタイリッシュな映像で活写、主役にはスターを配置する気配りで、バランス感覚も冴えている。“ジェイソン・ボーン”シリーズでも魅力的だった高速カット割と、ハンディカメラの臨場感がスピーディーで、見るものに息つく暇も与えない。砂埃が舞う広場や、街灯さえない裏道を主人公が走り抜ければ、観客も同じ疾走感を味わえる。マット・デイモンが、精悍な表情でミラーを演じているが、彼が持つどこか知的な雰囲気が、ただ命令を鵜呑みにするだけでなく、自らの信念に従う主人公のパーソナリティーに合致し、適役である。
権力の腐敗という題材は、もはや手垢がついたもの。だが、ありもしない武器を探すというニセモノが、はからずも米国の欺瞞というホンモノを露呈してしまった醜態の意味は、悪巧みにも限度があるということだろう。最後にミラーが取る行動には、少なからず胸がすく思いだ。本作は、今後も起こりそうなこのテの戦争の警戒シグナルになりそうな予感がする。
(渡まち子)