子供と苦労人と不良とスポーツで、お手軽泣き映画のできあがり!(12点)
以前、『ARAHAN アラハン』という韓国映画があった。日本のゲームからパクって、いやインスパイヤされていた上に、内容も薄いということで、私は10点をつけた覚えがある。その監督リュ・スンワンと、主演リュ・スンボム(実弟)のコンビによる新作がこの『クライング・フィスト』だ。
2人の男が主人公で、それぞれ同じボクシング新人戦を目指すという話だが、最後の対戦シーンまで、一切二人自身とその周辺人物が交わることはない。まったく別々の2本の映画を見ているような、そんな印象さえ受けるプロットだ。
一人はかつてオリンピック銀メダリストだったが、落ちぶれて今では殴られ屋をやっている引退ボクサー。これを演じるのはチェ・ミンシク。数少ない、本物を感じさせる男優だ。彼は、別れた妻に取られた子供を取り戻したくて、人生の再起をかけて試合に挑む。
もう一人はリュ・スンボム演じるケンカしか能のない不良少年。少年院でボクシングを知った彼は、社会復帰をかけて試合に挑む。
19歳の若者ボクサーと、40代の中年ボクサーが、リングで拳を交える。そして、涙なくしては見られない感動のラストシーンが訪れる……というわけである。
一言でいうと、これもまた、何かの間違いで日本に入ってきてしまった、韓国製ダメ映画だ。
まず、映画的には肝心のボクシング場面の演出がダメ。チェ・ミンシクはさすがに動きも演技も素晴らしいが、リュ・スンボムの方は、ボクシングをやっているはずが、気を抜くとすぐにムエタイやクンフーの動きになってしまっている。寸止めも下手で、わざとパンチをはずしているようにしか見えず、試合に迫力がない。撮影時には、実際に本気で殴りあったなどとパンフには書いてあるが、とてもそうは見えない。虚偽広告だ。
ドラマ面についても、二人の男の人生を描くのだから、両者の価値観や生き様の違いを交錯させて深みを出していけばいいのに、そうした人間描写の工夫がない。その結果、あえてこの二人を対決させる意味が、観客には感じられない。
監督によれば、実際にいる日本の殴られ屋のニュースを見て"インスパイヤー"され、脚本のプロットを思いついたという。その殴られ屋を努力させ、スポ根のお涙頂戴にすればウケるんではないか、というわけだ。なんとも安直、こりゃ、素人の思いつきレベルだ。
だいたい、スポーツものの癖に、あのカタルシスのないラストはなんなのか。なかでも日本人(というか、韓国人以外?)が見てどうにも解せないのは、精一杯戦った二人の男が、試合終了後に互いをねぎらう様子がほとんどない点。お互い、それぞれの知人となきながら抱き合ってはいるが、肝心の対戦相手側には何もしない。彼らには、敢闘を称える精神というものが無いのだろうか。
ただ、唯一この監督をほめてあげたい点、『アラハン』と比べて進歩した点を私は見つけた。それは、弟のリュ・スンボムが、今回はものを食べるときに、口をちゃんと閉じていたことだ。前作の食事シーンのマナーの悪さについて指摘した私の文章を、彼らが読んだはずは無いが、さては似たような苦情が相当いったのか。「韓国では口をあけて食べるのがマナーだ」などという誤解が、これ以上世界に広がらないためにも、こうした改善は大事なことであろう。
(前田有一)