◆ブラックな笑いに満ちたトンデモナイ実話(65点)
あれ、フィリップ・シーモア・ホフマン? と思ったら、役作りのために10キロ以上増量したマット・デイモンと分かってびっくり。だがデイモンの“オヤジ化"以上に、主人公のハチャメチャ度はショッキングだった。1992年、イリノイ州。マーク・ウィテカーは、33歳にして大手穀物商社で申し分のない年俸で重役をまかされる、将来を嘱望された優秀な社員である。だがそんな彼が、自社を、国際カルテルを結んでいるといきなり内部告発した。それを受けたFBIは捜査を開始するが、ウィテカーの供述は二転三転。彼の舌一枚で、捜査は大混乱に陥っていく。
正義のため内部告発を断行した英雄かと思ったら、一転して自分も不正にかかわる容疑者に。FBIや会社の重役たちを翻弄しながら、当の本人はまったく悪気がない。全編に流れるとぼけたリズムの音楽が雄弁に語るように、この男、タチが悪いのに憎めないキャラなのだ。それは映画の中の作りごとだから…と思いたいところだが、企業内部告発者(インフォーマント)による、奇々怪々の物語は、実話をもとにしているだけに、笑うに笑えない。内部告発をすることで自分を英雄化し、スパイよろしく盗聴器や隠しマイクを付けるかと思えば、その裏側でリベートを受け取る不正行為を繰り返すこの主人公、もしや多重人格者で病気なのかと疑いたくなる。だが、彼自身はケロリとしたもので、虚実が混在した話を次々に供述するうちに、周囲の方がノイローゼ気味になってしまう有様だ。デイモンが本来持つ、世間知らずでおっとり型の秀才というイメージが、この主人公にぴったりフィットして、ナイス・キャスティングである。
企業の不正というシリアスな問題を内包しながら、マンガのようなドタバタ劇が同時進行する不思議。これが大国アメリカの、理解不能なまでにポジティブな底力だろうか。アンチ・ヒーローによって、企業犯罪に関する法律は強化されたというから、とりあえず存在意義はあったわけだ。ブラックな笑いに満ちたトンデモナイこの実話、個人的には、史上稀にみるチクリ屋の人生を、もっとデフォルメして笑い倒してほしかったとの不満はある。だが、社会問題を扱って鋭さを発揮するソダーバーグのダークコメディは、苦笑を誘うくらいがちょうどいいのだ。
(渡まち子)