◆人間の命の軽さを延々と描き、壮大な毒を持ったコミカルな寓話の体裁で鮮やかな反戦メッセージを謳いあげる。さらに、延々と続く会話の端々に忍ばせた蘊蓄に富んだディテールと緻密に計算された伏線が、緊張感を盛り上げる。(80点)
250人の敵を倒したドイツ兵は英雄に祭り上げられて、その活躍はプロパガンダ映画になる。米軍特殊部隊はドイツ兵をバットで殴り、頭皮を剥ぎ、額にカギ十字を刻む。独軍・連合国軍兵ともに敵の命を奪うことが快感という戦時の心理状態。そこには戦争の悲惨さや個人の思いなど微塵もなく、スリルを楽しむかのようにゲーム感覚で人を殺し人が殺されていく。映画は、人間の命などこれほどまでに軽いものであることを延々と描き、戦争が人間性を奪っていく現実を突きつけ、壮大な毒を持ったコミカルな寓話の体裁で鮮やかな反戦メッセージを謳いあげる。さらに、延々と続く会話の端々に忍ばせた蘊蓄に富んだディテールと緻密に計算された伏線が、いつ爆発するのかという緊張感に彩られ、片時も目が離せない。
第二次大戦中、ナチスのランダ大佐によるユダヤ人狩りで家族を失ったショシャナはパリに逃げ、映画館のオーナーになる。そのころ、レイン中尉に率いられたユダヤ系米兵部隊・バスターズは残虐な戦いぶりで独軍を震え上がらせていた。
数ヶ国語を自在に操り、相手にじっくりと恐怖を味あわせながら理詰めで詰問して嘘を見破るランダ大佐の、底意地の悪さを秘めた笑顔が非常に不気味だ。ユダヤ人抹殺の強固な信念に裏打ちされた穏やかな口元は、職務を心から楽しんでいるよう。彼に扮したクリストフ・ヴァルツはもはや怪演の域に達し、思わず背筋を汗が伝う。一方、上唇に詰め物でもしているのか、ブラッド・ピットがマーロン・ブランドのような表情を見せつつ、ふてぶてしいまでに無鉄砲なレイン中尉の半ば偏執狂の性格を演じきる。
やがて、独軍のプロパガンダ映画のプレミア上映に集まったナチス幹部を一気に抹殺しようと、ショシャナの復讐とレイン中尉の計画がシンクロする。ショシャナの顔が巨大な炎となってナチスに襲いかかるシーンはまさに「映画」の力を思い知らされる。そしてカギ十字が「裏切りと恥辱の証」となるラストシーンは、悪趣味を超えた爽快感すらを覚えた。ナチスが「絶対悪」と定義されている戦後ドイツでは、ヒトラーをはじめとするナチス党員は映画などではどんな扱いを受けても文句は出ないが、翻って日本では昭和天皇の責任を問うと身の危険にさらされる。「戦争犯罪」観の彼我の違いに、改めて欧米の成熟した価値観を思い知った。
(福本次郎)