◆怒り、悩み、葛藤するボビーの姿が、スクリーンに重厚感を与える(75点)
舞台は1988年のニューヨーク。警視監である父バート(ロバート・デュバル)と、父の後継としてエリート街道を進む警察官の兄ジョセフ(マーク・ウォールバーグ)。一方、弟のボビー(ホアキン・フェニックス)は、父や兄に背を向けるように、ロシアン・マフィアが経営するクラブのマネージャーとして働いていた。ある日、兄のジョセフは、弟のボビーに、マフィアを裏切って潜入捜査に協力するよう説得するが……。
警察とマフィアの対立、潜入捜査、リベンジアクション……等々の視点からとらえたとき、この映画に大きな目新しさはない。ダイナミックかつテンポよく物語は展開するが、そこに胸をすくような意外性や、冴え渡るオリジナリティを見ることはできない。
ただし、その平凡さを補ってもなお余りある魅力が、本作「アンダーカヴァー」にはある。それは、登場人物の内面を深く掘り下げている点だ。とくに、弟ボビーの細かい感情のゆれをとらえているのは、この映画最大のファインプレーと言っていい。
名門警察一家に生まれたジレンマ、父や兄との確執、警察(家族)とマフィアの板挟み、恋人を巻き込む罪悪感……。複雑な立場に身を置きながらも、怒り、悩み、葛藤するボビーの姿が、スクリーンに重厚感を与える。説明的なセリフなどではなく、ボビーの表情を通してのみ、観客は彼の胸中にアクセスすることを許される。この作品が、凡百のポリスムービーと一線を画し、濃密なヒューマンドラマとして成功しているゆえんだ。
父や兄をうとましく思いながらも、彼らを愛せずにはいられない――そんな気持ち。恋人に引き止められながらも、父の死に報いずにはいられない――そんな気持ち。人間の気持ちはそう簡単に割り切れるものではないが、割り切れないと分かっていながらも、愛する肉親のために選んでしまう(選ばざるを得ない)人生というのも、きっとあるのだろう。
主演のホアキン・フェニックスが、孤独と苦悩と愛憎の渦にもみくちゃにされるボビーを、シリアスに演じている。また、ボビーの父バートを演じたロバート・デュバル、兄を演じたマーク・ウォールバーグらの演技も見ごたえ十分。実力派キャストの「共演」ならぬ「競演」は、この作品のもうひとつの醍醐味といえるだろう。
冷静な人間観察眼に基づいた深い心理描写、粒子の粗いざらついた映像、80年代を意識したBGM。さらには、「とあるアジトへの潜入」や「土砂降りのカーチェイス」のシーンに代表されるスリルとスピード感。そして、テーマとなる家族愛。そうしたエレメントの一つひとつを丁寧に積み上げることにより、エンターテインメントとしての完成度を高めた本作「アンダーカヴァー」。恋人を連れ立って劇場に出かけるのも悪くはないが、男ひとりでスクリーンと向き合うのもサマになる、侠気あふれる1本だ。
(山口拓朗)