ハリケーン・カトリーナの後に来た地獄を描く衝撃の記録映画（90点）
ラップ・アーティスト、キンバリー・リヴァーズ・ロバート a.k.a Black Kold Madinaはヒーローにすら見える。2008年サンダンス映画祭ドキュメンタリー部門グランプリの映画『TROUBLE THE WATER』で彼女は起こった災害に対するアメリカ政府の杜撰な対応に夫スコットと共に戦う。また人々を突き動かすキンバリー・ロバートの姿は暗い現状の中で光る一寸の光の様でもある。
記憶に新しい2005年の8月29日にアメリカ、ルイジアナ州ニューオリンズを襲ったハリケーン・カトリーナ。それは災害そのものよりも災害後のアメリカ政府の対応の遅さが浮きぼりにされたショッキングな出来事であった。「一体どうして？」と思わずにはいられない、そのカトリーナ後のアメリカの姿を『TROUBLE THE WATER』はわたしたちの前に露にする。
キンバリーはカトリーナがニューオリンズを襲う前、彼女自身の足や自転車で通りを回りながらビデオカメラで避難命令が発令されてからも逃げずにいる人々や町の様子を映し出す。そう、この映画は彼女自身が撮影した映像で綴られているのだ。ハリケーンが上陸してからも彼女はカメラを回し続ける。家が水没し、電気も何も無い屋根裏でしばらく近所の人々と過ごす。プロのカメラマンではない彼女の映像はどんなニュースよりもリアルさを感じさせ、その場の空気感がひしひしと伝わってくる。
ハリケーン・カトリーナの襲来でキンバリーとスコット達の世界は全く違うものへと変わってしまう。そんな彼らが赤十字の避難所を訪れ出会ったのはストーリーを求めニューヨークからルイジアナへアメリカ軍を追ってやって来たティア・レッシンとカール・ディール。キンバリーの撮った映像に興味を示したレッシンとディールはキンバリーとスコットのその後を追い続ける。レッシンとディールはマイケル・ムーア監督作『ボウリング・フォー・コロンバイン』と『華氏 911』のプロデューサーで、本作では彼らは監督を務める。
本作『TROUBLE THE WATER』は今までわたしたちが知る事のなかったストーリーをこれでもかというくらいに見せつける。災害によって人々が害を被るのは仕方のない事。わたしたちは自然災害を責める事は出来ない。しかし、ハリケーンによって苦しむ人々の命よりも戦争を重要視するアメリカ政府の対応にはショックを隠しきれない。例えば2週間以上も誰も助けに行かず取り残された病院や水に飲み込まれた刑務所のエピソードも登場し、絶句させられてしまう。結局ハリケーンによる死者数は1800名を越した。その多くは救う事の出来た命だったのかもしれない。
自然災害そのものの恐怖よりも、その後に訪れる地獄を体験するキンバリーとスコットだが、彼らは常に前を向いている。特にキンバリーの芯の強さは人々に勇気を与える。しかし彼女も人間、ポジティブな時ばかりではない。時に怒りや悲しみを感じたりもする。だが彼女はそれを引きずらない。彼女は全てを受け止めるのだ。彼女のキャラクターがこの映画を何ものにも代え難いものにしていると言っても過言ではないだろう。
危機に瀕する時、多くの人々は自分自身の事を優先させるだろう。しかし過酷な状況の中で人々のために戦うキンバリーには人間としての品格を感じさせられる。このドキュメンタリー映画はもっと多くの人々が観るべき作品。なぜならこの映画によってわたしたちは多くの間違った点に気付かされるからだ。特に自分たちの国の事を良く知らないアメリカ人には彼らの政府が人の命を救う事よりも戦争で人の命を殺める事を優先した事や万が一という時には政府は助けてくれないという事等、知るべき事が多くある。そしてキンバリーの姿を見る事によって、アメリカ人だけにとどまらずわたしたち日本人も、このご時世に品を持って生きるという事がどれだけ大事か気付かねばならない。
（岡本太陽）
