悲しみが乾くまで - 岡本太陽

スザンネ・ビア ハリウッド進出第1弾作品(70点)

 今年『アフター・ウェディング』というデンマーク映画が公開された。それを撮ったスザンネ・ビアという女性監督がいる。非常にドラマチックだが、リアルな感情を描く彼女の作品はアカデミー賞にもノミネートされる程アメリカでも評判が高い。その彼女がハリウッドで初めて映画を撮ったというから驚きである。しかも彼女の作品『ある愛の風景』のリメイクである。

 全編英語の今回の作品のタイトルは『THINGS WE LOST IN THE FIRE』。日本語に訳すと、「火事で私たちが失ったもの」だろうか。主演はハル・ベリー。彼女は2人の子供を抱える未亡人オードリーを演じる。彼女は『チョコレート』の演技でアカデミー主演女優賞を受賞し、一気に演技もできる美しい女優として知名度が上がった。今回は情緒不安定な役で、女優としては演じがいのある役だが、そのハル・ベリーを凌いでいたのはもう1人の主演俳優のベニチオ・デル・トロである。彼はハル・ベリー扮するオードリーの夫スティーヴンの親友ジェリーを演じる。ジェリーはヘロイン中毒者なのだが、やっぱりこの役者はうまい。映画『トラフィック』でアカデミー助演男優賞を受賞した彼の佇まいが好きだ。今後彼はスティーヴン・ソダーバーグ監督作品『THE ARGENTINE』でチェ・ゲバラを演じる。オードリーの夫をデヴィッド・ドゥカブニーが演じ、ジェリーの友人の女の子ケリーをアリソン・ローマンが演じる。

 オードリーの夫のスティーヴンが死んだ。彼は夫に暴力を受けている女性を助けようとして銃で撃たれて殺されたのだ。残されたオードリーは途方に暮れる。夫の死によるショックと忙しさの中で、彼女は夫の親友のジェリーにスティーヴンの死を知らせていない事に気付く。オードリーは夫が常に気を掛けるジェリーの事が疎ましかった。しかし、夫の死のショックで眠れなくなったオードリーはドラッグを止めてクリーンになろとしているジェリーを、互いの為と言い、家のガレージに住ませる。彼らは心に影を持った者同士惹かれ合うが…。

 『ある愛の風景』ではある兄弟と、兄の妻の3人を中心に描いていた。刑務所から出所したばかりの弟を兄が迎えに来るとこから始まり、その後、兄は戦争に行く。そして残された妻と子供達は夫が戦死したことを告げられる。その後、兄の妻と子供達を心配して弟は彼らの元を度々訪れ、妻も夫の死の呪縛から解き放たれ新しい生活を始めた矢先に、捕虜になっていた夫が帰還する。しかし、夫は捕虜時に経験した事でトラウマを抱えており、まるで中身は別人になっており、夫と妻、妻と夫の弟、兄と弟それぞれの関係が狂ってしまうというストーリーであった。

 『悲しみが乾くまで』と『ある愛の風景』では登場人物の設定こそ違うものの両方ともエモーショナルな作品である。細やかで巧みな感情表現は女性監督独特だ。スザンネ・ビアはズームアップを多用するのだが、今回は特に目のアップが多かった。目の動きだけで台詞がないシーンでは、わたしたちに言葉では表しきれない思いを表現している。それは非常に本能的だった。言葉を持たない動物が目で訴える様に。台詞では表せない感情を歌で表現するミュージカル風の映画はあるが、この場合はそれとは真逆に当たるだろう。

 『ある愛の風景』でも同じだが、『悲しみが乾くまで』でもストーリーの軸にあるのは苦痛からの回復そして、人生再生というテーマである。しかしながら、スザンネ・ビアがデンマークで撮った作品と今回アメリカで撮ったものとでは観客に与える衝撃の度合いが大きく異なるのである。後者はどちらかというとインパクトに欠ける。情緒的で美しい映画だが、ハリウッド側からの要求をスザンネ・ビアが飲み過ぎたからか、少々落ち着いてはいるがよくあるハリウッド映画という印象なのだ。彼女のデンマーク産の作品達には到底かなわない。

 その要因の1つとして主演俳優2人の化学反応のなさが挙げられる。互いに得意分野の役だとは思うが、特にハル・ベリーが魅力的ではなかった。「オスカー狙い!」という言葉が彼女の額に浮かび上がっているのを観客は感じ取ることができ、感情移入が難しい。また、ハル・ベリーがベニチオ・デル・トロに演技での戦いを挑んでいる様に見受けられるため、調和が乱されている。 その点ベニチオ・デル・トロは特に言うことなしの演技である。

 夫の死後、夫の事を考えるのを避けていたオードリー。そのオードリーが夫の思い出と向き合って皆の前で語るシーンがある。そして火事で燃えたガレージで、アルバム等たくさんのものを失った事を皆に話す。この映画の中でわたしが一番好きだったシーンだ。失ったものはもう戻らない。しかし心にいつも思い出はある。そしてその思い出は燃えてなくなってしまうことはない。スザンネ・ビアはそう言っているように感じる。彼女は優れたストーリーテラーであるが、これからハリウッドでどう活躍していくか、期待する反面、心配もしている。なぜなら彼女の良さが『悲しみが乾くまで』の中ではあまり生かされていなかったからだ。

岡本太陽

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