◆ジャームッシュがC・ドイルと組んだ不思議な映画(50点)
ある訳ありの1人の男がスペインへ旅立つ。彼の目的は一体何なのか? わたしたちにはそれは分からない。ニューヨークを代表する映画監督ジム・ジャームッシュの最新作『リミッツ・オブ・コントロール』は謎に包まれた不思議な映画。観るものの想像力にストーリーを委ねており、その想像力だけでどこまでも物語が広がってしまいそうな大きな可能性を秘めた作品である。ただそれゆえにどうでも良くも思えてしまう作品とも言える。
物語は主人公はイザック・ド・バンコレ扮する「孤独な男(名前なし)」が空港でアレックス・デスカス扮するクレオールと会うところから始まる。クレオールはジャン・フランソワ・ステヴナン扮する全く役に立たない通訳のフランス人を通して孤独な男に使命を与える。そして孤独な男は美しい細身のスーツでスペインへと発つ。
孤独な男がスペインに着くと彼はとあるおしゃれなマンションに向かう。そこが彼の住まいになるようだ。時にパス・デ・ラ・ウエルタ扮する眼鏡をかけたいつも素っ裸の女に誘惑されながらも、使命を終えるまでは酒やセックスに惑わされず太極拳をしながら自分の仕事に集中しシンプルな時を過ごす。また彼は気が向くと美術館にも足を運ぶ。訪れた際には他の作品は目もくれずその時の気分で1つだけ作品を選びそれをじっと眺める。これらは無口で無表情な彼の内面が溢れ出す重要なシーンだ。
孤独な男はあるカフェでエスプレッソを飲みながら何かを待つ。そして彼は「スペイン語は話せませんよね?」を合い言葉にティルダ・スウィントン扮するブロンドやルイス・トサル扮するヴァイオリンと会いマッチ箱を交換する。本作に登場する孤独な男と関わるキャラクター達は皆マッチ箱を持っており、それが孤独な男にとって使命を遂行する何らかの情報になっている事が分かる。
その他にも工藤夕貴扮する分子、ジョン・ハート扮するギター、ガエル・ガルシア・ベルナル扮するメキシコ人、ヒアム・アッバス扮する運転手、ビル・マーレー扮するアメリカ人等、今までもジム・ジャームッシュ作品に関わった俳優達も登場し物語を彩る。『ミステリー・トレイン』でジム・ジャームッシュと出会った工藤夕貴は今回なんと20年振りにジャームッシュ作品に携わる事になった。孤独な男に出会う分子は彼にマッチ箱を渡し淡々話しかける。分子はその他のコミカルな登場人物とは違いどこかミステリアスな雰囲気があり、工藤夕貴が印象的に彼女を好演しており、彼女の登場シーンは電車の中で、『ミステリー・トレイン』と電車繋がりなのが意味深だ。
どこかアラン・ドロン主演の『サムライ』にも似た雰囲気を持つ本作はウィリアム・S・バロウズが1970年代に書いた映画と同じ題のエッセイからタイトルが取られ、1967年のジョン・ブアマン監督作でリー・マーヴィンが主演した『殺しの分け前/ポイント・ブランク』に影響を受けてジャームッシュが脚本を書いた。ゆえにハードボイルドな要素も持ち合わせているが、どこかコミカルに作られているのがジャームッシュらしいと言えよう。
また『花様年華』『2046』のクリストファー・ドイルが撮影監督を務め、ドイル独特の映像美、ジャームッシュのストーリーテリング、スペインの曲がりくねった街路、そして荒野が不思議な世界観を作り出す。また音楽も強い印象を残す本作の中で、特に心に残るのは物語中盤に登場するフラメンコのシーン。ここではフラメンコ奏者やジプシー達の間ではよく死、悲恋、そして悲劇を意味する曲「ペテネーラス」が使用される。このスローで詩的な曲がまるでこの物語で何が起こるのか語っている様にさえ感じられる。
(岡本太陽)