◆カンヌ映画祭で審査員全員一致でパルム・ドールを受賞したあの映画!(85点)
カンヌ映画祭で審査員全員一致でパルム・ドールを受賞したあの映画!(85点)
教師と生徒を描く映画は多い。例えば、『青春の輝き』や『デンジャラス・マインド』、最近では『フリーダム・ライターズ』等、挙げれば切りがない。 2008年のカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞したフランス映画『パリ20区、僕たちのクラス(仏題:Entre Les Murs)』も学校が舞台だが、この映画は上に挙げた様な作品とは随分とアプローチが違う。普段こういった映画では学校外での教師と生徒の生活も描かれるのだが、この映画では彼らの学校内での姿しか映されないのだ。
本作の主人公はとあるパリ郊外の中学校のフランス語教師フランソワ。彼はアフリカ人、アジア人、中東人、白人とアメリカ同様人種が混ざり合っているあるクラスを担任している。生徒には学校外の生活もあり、それぞれに事情も抱えている。しかし、フランソワはじめ教師が生徒に目が向けられるのは基本的に学校内のみ。日本で有名な「金八先生」なんかはいつも学校外で大事件が起き、学校外で問題が解決するが、実際教師は授業を教える以外に、もし生徒に悩みがあれば、学校で相談に乗るものだ。なぜなら学校外では基本的に親の責任だからだ。そこがこの映画ではしっかり描かれている。
このリアルな脚本を手掛けたのはフランソワを演じるフランソワ・ベガドー。これは彼が書いた同名小説が原作になっているのだが、彼自身、中学校の教師として働いていた経験があり、『パリ20区、僕たちのクラス』はフィクションだが彼の自伝的作品とも言えるものになっている。このフランソワ・ベガドーの小説に目を付けたのが『タイム・アウト』『南へ向かう女たち』のフランス人映画監督ローラン・カンテ。彼は本作を疑似ドキュメンタリー風に撮り、職場として、学び舎としての場を忠実に描いている。
本作に登場する生徒たちはフランソワ・ベガドー同様、プロの俳優ではない。もちろん彼らは演技をしているのだが、彼らには脚本が渡されておらず、アドリブで芝居をしている。それゆえに、わたしたちは実際の教室の風景を見ている様な錯覚に陥ってしまう。また、本作は3つのHDデジタルビデオカメラを使い教室の様子を撮っている。そして生徒役の俳優たちの携帯をいじったり、隣の子とおしゃべりしたり、先生の質問に答えたりしている姿がいろんなアングルから映され、常に教室で何かが起こっているか、その生の様子が見逃す事なく撮られている。
教室という場は生徒に教育を施す聖域である。それと同時に教師と生徒のぶつかる戦場とも言える。教師であっても生徒に苛立つ事もあるだろう。分かって欲しい、でも生徒たちは分かろうとしない。そんな苛々が募り、フランソワが机を蹴る。思春期の少年少女特有の大人をナメた態度が嫌と思うくらいに現実らしく描かれているため、観ている側もフランソワの心情を痛いくらい感じる事が出来る。それでいて、フランソワは少し頑固な教師で、教師と言えど、やはり生身の人間で正しい事ばかり言う訳ではないという部分も描かれている点にも共感させられる。
この映画には間違いがない。生徒や教師達が何を言ってもそれは真実。フランソワが「君たちの人生は興味深い」というテーマで生徒に自分自身について文章を書かせるのだが、ある生徒が「わたしたちの人生はあなたにとってそんなに興味深くはない」と言う。フランソワの意見も正しいし、その生徒のひと言も正しいのだ。『パリ20区、僕たちのクラス』はプロの俳優を使わずとも、学校の外を描かなくとも、ほとんど学校の中で交わされる会話だけで、ドラマチックな作品に仕上がった。ローラン・カンテ監督はこの世界に必要だった素直で画期的な映画を届けてくれた。
(岡本太陽)