◆名作『ハーフ・ネルソン』監督最新作、野球を通して繊細で感動的な物語を描く。(85点)
ペドロ・マルティネス、サミー・ソーサ、マニー・ラミレス等、挙げれば切りがないドミニカ共和国出身の野球選手達。一流の選手を輩出するその国は現在メジャーリーグにとって欠かす事の出来ない国となっている。それゆえ、アメリカ野球界はダイヤモンドの原石を見つけるために、その国で選手育成を行っている(実は日本も)。映画『SUGAR』は野球でアメリカンドリームを夢見るドミニカ共和国に住むある若者がアメリカという地で自分の人生と向き合い成長していく物語だ。
シュガーというニックネームを持つミゲル・サントス(アルゲニス・ペレス・ソト)はドミニカ共和国にあるカンザスシティ・ナイツのトレーニングキャンプで練習を積む19歳の青年。スクリューボールがスカウトの目に留まり、彼はアメリカに呼ばれ、マイナーリーグのピッチャーとしてプレイ出来る事になるのだが、アメリカという国や文化が彼の人生を大きく揺さぶっていく。
本作の監督脚本を務めるのはライアン・ゴズリング主演の『ハーフ・ネルソン』で映画賞を総なめにした夫婦ライアン・フレックとアナ・ボーデン監督だ。彼らはミゲルの様な経験を持つドミニカ共和国出身の人々にインタビューしたり、リサーチする事で、ドミニカ共和国に住む人々の経済状況やアメリカに来てからの選手達の生活をリアルに映画の中で表現している。また、フレックとボーデンは本作をただのスポーツ映画ではなく、『ハーフ・ネルソン』同様人間の心情をじっくりと描く繊細なドラマとして作り上げている。
ミゲルには野球で成功しなければいけない理由がある。彼の家庭は父親を何年も前に亡くしており、村の誇りでもある野球の上手いミゲルは、家族にとっては唯一貧困から救われる事の出来る希望の光なのだ。その期待や責任を一身に背負い、彼は野球一筋で19年間生きてきた。野球が全てで、野球しか知らないのだ。そんなちょっと自信家だが真っすぐなミゲルは家族のために新しい家を自分の手で建て始めた心優しい青年でもある。このミゲルを演じるアルゲニス・ペレス・ソトはプロの俳優ではない。フレックとボーデン監督は敢えて19歳くらいの野球選手を俳優として起用する事で、物語に信憑性を持たせているという。
ミゲルが才能を見初められてまず向かった先は、春キャンプの行われているアリゾナ州。彼はまずここで言葉の壁に衝突する。ドミニカ共和国の養成所では簡単な野球用語は教えてくれるが、レストランで食べ物もろくに注文も出来ない。それから彼はカンザスシティ・ナイツのマイナーリーグ入りが決まり、ニューヨークのヤンキースタジアムでプレイする夢にまた一歩近づいたが、彼が送られた先はアイオワ州のど田舎。自然の多さはドミニカ共和国と似ているが、そこは黒人もヒスパニック系もほとんどいない白人ばかりが住む土地だったのだ。
アイオワでミゲルはある老夫婦の家に下宿するのだが、何もかもが故郷とは全く違うその家族にまず洗礼を受ける。言葉、文化、宗教、様々なものが彼に疎外感を感じさせるのだ。その中でも特に理解出来ないのが、白人の女。老夫婦には孫娘アン(エラリー・ポーターフィールド)がおり、彼女にミゲルの心は弄ばれる。一体彼女が何をしたいのか、何を考えているのか、ミゲルにはさっぱり分からない。
マイナーリーグの選手の中にミゲルと同じくドミニカ共和国出身のホルヘ(レイニエル・ルフィノ)がいる。彼はミゲルにとって異国の地での唯一のドミニカ共和国との繋がりで、少し先輩である彼にミゲルはよく世話になっている。しかし、ホルヘは怪我のせいで、チームから除外されてしまい、ニューヨークへ行ってしまう。一番仲の良かった友を失い、突然異国の地で独ぼっちになってしまうミゲル。そして彼は足を怪我してしまい、チームの中でも自分の存在価値すら無くなったと感じ、どこにも居場所が無くなってしまう。本当にこれが自分が求めていたモノなのか?ミゲルは野球をプレイする事にすら疑問を持ち始める。
アメリカという国はいろんな人種が集い、情報や文化が交錯する場所。例えば、野球でしか生きる術を知らなかったドミニカ共和国出身の若者も、アメリカでいろいろ経験して自分には野球だけではない事に気付く事もあるかもしれない。もっと自分の可能性を見つめてみたくなるかもしれない。
ミゲルはまだまだ自分探しの途中。家族を救うという使命を担ってはいるが、アメリカに来て彼ははじめて自分自身と向き合う時間を持つ。そんな彼が下す決断とは?物語のエンディングで、ミゲルは自分の下した決断に「ほんとうにこれで良かったのだろうか?」と一瞬疑問の表情を浮かべる。それは仕方ない。彼はまだ19歳なのだから。それでも何もかも受け止め「まぁいいか」とその後明るい表情を取り戻す。これは溜息の出る美しいラストであった。ライアン・フレックとアナ・ボーデン監督は『ハーフ・ネルソン』に匹敵する素直で感動的な物語を作り上げた。これは必ず観ておきたい今年の名作の1つである。
(岡本太陽)