ストップ・ロス/戦火の逃亡者 - 岡本太陽

ライアン・フィリップ主演、『ボーイズ・ドント・クライ』の監督9年振りの新作(80点)

 1999年にアメリカで公開され話題になった映画『ボーイズ・ドンド・クライ』。性同一性障害を抱える女性が主人公の実話を基にした作品で、「性同一性障害」という言葉を一気に世に広めた作品でもある。この作品で主人公を演じたヒラリー・スワンクは見事アカデミー主演女優賞他、数々の主演女優賞に輝いた。その『ボーイズ・ドント・クライ』を監督した女流映画監督キンバリー・ピアースが9年もの沈黙を破り発表した作品がある。それはMTVとコラボレートした『ストップ・ロス/戦火の逃亡者』という作品。これはイラク戦争を中心に繰り広げられる若者達の物語だ。

 アメリカ軍の2等軍曹ブランドン・キング(ライアン・フィリップ)はイラクで任務を遂行していた。彼の任期が終わろうとしていたある日、彼が任されていた兵士達のうち3人が殺され、1人が重傷を負うという事件に見舞われる。イラクから帰還したブランドンと親友のスティーヴ(チャニング・テイタム)らは勇気を称えられ勲章を手にし、安堵するが、ブランドンの兵役期間が終わるその日に、大統領の命令により、彼に「ストップ・ロス」が適応されてしまい、再びイラクに赴かなくてはいけなくなってしまう。戦地で、仲間の死や罪のない人の死を目の当たりにし、もう軍を引退しようとしていた彼は軍に抗議。しかし、大統領の命令は絶対で彼の要求は聞き入れてもらえない。仕方なく最終決断で、ブランドンは警察の目を盗み、スティーヴのガールフレンドでブランドンの家族とも仲の良いミシェル(アビー・コーニッシュ)と共にメキシコへの逃亡を試みるのだが…。

 この映画で話題になっているのはタイトルにもなっている「ストップ・ロス」という制度。これは兵役を満了したにも関わらず、兵士不足解消の為にアメリカ政府が勝手に兵士達の兵役を1年から1年半延長するというもの。よってつらい経験をして命辛々帰還し、「あ?やっと兵役も終わりだ?」と思っていても、また勝手に兵役を延長され、またもや地獄の様な日々を体験することになるのだ。この制度は兵士自身そしてその家族にとってたまったものではないのだ。

 この不条理な制度を止めさせる為に行動を起こす人もいる中、この制度が未だになくならないのは戦争が現在もなお続いているという事実と兵士が不足しているという事実の為。イラク戦争において、これまでに何十万という兵士がストップ・ロスを受けている。この映画ではストップ・ロスから逃れる為にメキシコへ逃亡する事が描かれているが、これも実際にあるという。やはり兵士の家族は彼らにどういうかたちであれ生きていて欲しいと願っているのだ。もしストップ・ロスを拒否すると禁固刑に処されてしまうらしい。ストップ・ロスは税金と命の無駄遣いだ。

 この『ストップ・ロス/戦火の逃亡者』の主人公ブライアン・キングはライアン・フィリップが扮している。あまり彼には演技派のイメージがないが、この映画ではアメリカ軍に対する納得のいかない怒りをうまく表現していた。特に基地でストップ・ロスを受けた際に大統領の文句を言うシーンは拍手をしそうになった。ライアン・フィリップという俳優はアメリカで昨年公開された『アメリカを売った男(原題:BREACH)』等、アゴ女優と離婚後は上質な作品に主演で出演し、順風満帆の俳優業を全うしている様に感じられる。

 また、この映画でもう1人注目したい出演者は『恋のからさわぎ』『BRICK-ブリック-』『THE LOOKOUT』のジョセフ・ゴードン=レヴィット。今回は彼もイラク戦争の帰還兵を演じているのだが、これが精神不安定な非常に難役。『ストップ・ロス/戦火の逃亡者』の中では非常に切ないキャラクターだが、彼が一番輝いていたかもしれない。その他、主人公ブライアンの親友スティーヴに『ステップ・アップ』のチャニング・テイタム(この映画でもやっぱり脱いでた!)、『エリザベス/ゴールデン・エイジ』のアビー・コーニッシュ、そして『ヒットマン』のティモシー・オリファント等が出演している。

 不条理なイラク戦争にまつわる現状を題材にしている為、ストーリーは非常にエモーショナルで切なく、涙してしまうシーンも少なくない。ただこの映画はストップ・ロス制度について、最後に何も解決されないまま終わる。しかしそれが逆に正直に描かれていると感じられる。問題提起をし、その問題を観る者に委ねる手法は素晴らしい。この映画『ストップ・ロス/戦火の逃亡者』の様に今日、イラク戦争を題材にした映画が作られ始めている。昨年であれば、ポール・ハギス監督の『告発の時』やブライアン・デ・パルマ監督の『リダクテッド 真実の価値』等だ。イラク戦争は未だ続いているが、今年ブッシュ政権は終わりを告げる。それを受け、イラク戦争終結への期待も高まっており、今後なお多くのイラク戦争ものの映画が作られそうな気配を感じる。『ストップ・ロス/戦火の逃亡者』はMTVという看板を引っさげていなければより上質の映画に成り得た作品だ。

岡本太陽

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