◆エドガー・ライトのハリウッド進出第一弾(85点)
男の子達に人気のゲームや漫画の醍醐味は襲ってくる敵を次々と倒してゆくというもの。ブライアン・リー・オマーリー原作で、『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』のエドガー・ライト監督が映画化した『THE SCOTT PILGRIM VS. THE WORLD』はまさにそんな作品。映画で人気のゲームと同じ様なスタイルを取ってしまったら惰性により飽きてしまうのが通常。しかし、本作はコメディ、アクション、ミュージカル、そしてラブストーリーと、いろんな要素がミックスされて作られた一瞬たりとも飽きさせない傑作なのだ。
トロントに住む22歳無職のスコット・ピルグリム(マイケル・セラ)は平凡なロックバンド「セックス・ボブ・オム」のベース・ギタリスト。中国人女子高生ナイヴス(エレン・ウォン)と付き合い、デートでダンスダンス・レボリューションを楽しむ等、幸せに過ごしていたが、ある日ピンク色の髪のアメリカ人ラモーナ(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)に出会い恋に落ちてしまった事が彼にとんでもない災いを招いてしまう。ラモーナには実は7人の元カレがおり、同盟を結び次々と襲ってくる元カレ達を、スコットは1人ずつ倒さなければならないのだった。
『スーパーバッド 童貞ウォーズ』や『JUNO/ジュノ』で、へなちょこ俳優の座を欲しいままにしたマイケル・セラ。『SCOTT PILGRIM VS. THE WORLD』で主人公を演じる彼は本作でもやっぱりへなちょこ。主人公スコットは1年前、エンヴィ(ブリー・ラーソン)というガールフレンドにロックスターになるからという理由でフられた。そんな彼女も今やレコード会社と契約し、彼女率いるバンドのポスターが街中に張り巡らされている。彼の心にぽっかり穴が空いて1年、今度は彼女の出世が彼に追い討ちをかけ、仕事も無い彼はすっかり自分を愛せなくなってしまっているのだ。
そんな彼が頼りにしているのが2人の登場人物。1人は妹のステイシー(アナ・ケンドリック)。彼女は物語の中で唯一登場するスコットの家族、また口調もしっかりしていて、女関係にだらしない兄にはっきりと物申す。もう1人は親友でゲイのウォレス(キーラン・カルキン)。彼の家に居候し続けるスコットに、温かくも冷静に助言する。彼らとは別にボーカル&ギターのスティーヴン(マーク・ウェバー)、クールな女性ドラマーのキム(アリソン・ピル)と組んでいるバンド:セックス・ボブ・オムに所属しているという事も、バンド自体は特別ではないものの、スコットにちょっとだけ自信を与えている。
どこからともなく次から次へと襲って来るラモーナの元カレ軍団。彼らは何故だかそれぞれにスーパーパワーを備えており、スコットは苦戦を強いられてしまう。ジェイソン・シュワルツマン、クリス・エヴァンス、ブランドン・ラウス、斉藤兄弟等が元カレに扮しており、肉弾戦の他にもミュージカル風の攻撃やバンドの音楽攻撃等、毎回違ったスタイルの戦いを見せファイトシーンは観ているだけでも楽める。軍団に1人元カノが混じっているのがまたニクい。
全編ロックミュージックで彩られる本作。サウンドトラックにはセックス・ボブ・オムの音楽を手掛けたベック(ベック・ハンセン)をはじめ、レディオヘッドのプロデューサーであるナイジェル・ゴッドリッチを音楽監督に、ブロークン・ソーシャル・シーン、メトリック、ザ・ローリング・ストーンズ等が参加し、この青春映画を盛り上げる。また興味深い点では、監督のエドガー・ライト自身が任天堂の宮本茂氏に直々に手紙を書き、「ゼルダの伝説 時のオカリナ」より「大妖精の泉」という曲が使われている事。こういった「ゼルダの伝説」を知らない人には全く通じない、オタク達の鳥肌を立たせる演出はやはりエドガー・ライトならではと言えよう。
エドガー・ライトと言えば、もちろんゾンビやポリスアクション映画の凝りに凝ったパロディを世に送り出し、映画オタク達を熱狂させた若い映画監督。今回『SCOTT PILGRIM VS. THE WORLD』で彼が焦点を当てるのはゲームで、まず8ビットのユニバーサルのイントロで幕を開け、ギターヒーロー、スーパーマリオブラザーズ等お馴染みのゲームを連想させるシーンが登場する。それに加え、ファイティングシーンで敵を倒すと、「KO!」と呼び声が掛かり、また敵がコインに変わり、時には巨大なモンスターを召還する等あまりマニアックなディテールは使わずに誰にでも容易に理解出来るゲームの映像や効果音を使っている。
毎回編集の面白さを見せてくれるエドガー・ライト作品。本作は特にゲームっぽさを映画に取り込んでいるため、展開は驚く程スピーディで、それに合わせ編集量も豊富。アイデアや技術が非常に優れた作品で、贅沢な時間を提供してくれる事は間違いない。映画館で1度観るだけは勿体ないくらいだ。
この映画を一言で表すなら、まさに今まで観た事がない様な映画。未知との遭遇。しかし、その根底には主人公が愛する女の子のために戦うという真摯な姿勢と普遍的なテーマを見る事が出来る。キスしている時に唇が重なっているところからハートがこぼれ出す、といったスイートなシーンもあり、実は女の子を誘うデート映画に最高かも。心に傷を負い、自分に自信のないスコット。青春映画には通過儀礼が欠かせない様にラモーナの元カレ達と戦う過程で、自分自身を見つめ直す彼。 誠実だからこそ彼女との出会いがスコットに大きな心の葛藤を呼び、全く予測の出来ない展開を導く。もう大満足の映画である。
(岡本太陽)