◆米国のテレビシリーズ「シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ」の映画版。普通の女の子「マイリー・スチュワート」と、超人気アイドル「ハンナ・モンタナ」という、二つの顔を使い分けるティーン・エイジャーの話が、ミュージカルのように歌とダンスたっぷりで描かれる(66点)
マイリー・スチュワート(マイリー・サイラス)は、アイドルと普通の女の子との二重生活を送っていたが、次第にハンナ・モンタナとしての比重が大きくなってくる。心配した父親(ビリー・レイ・サイラス)は、ニューヨークへ向かうはずの彼女のプライベート・ジェットを、自身の故郷であるテネシー州の田舎町へ向かわせる。
思春期の若者にとって、「本当の自分とは何か」は非常に重要なテーマだ。「スパイダーマン」や「スーパーマン」などの特撮ヒーロー映画の主人公たちも、ヒーローとしての自分と、一般人としての自分との格差に悩んできたのである。本作はその女の子版といえるかも知れない。スーパーヒーローの代わりにスーパー・アイドルへ変身するのである。
ただ、スーパーヒーローものはどう考えても夢物語だが、本作は違う。映画のヒロイン、マイリー・スチュワート=ハンナ・モンタナと、それを演じるマイリー・サイラスが完全にタブっている。マイリー・サイラスはテレビドラマでハンナ・モンタナを演じることで本当にトップ・アイドルになったし、マイリーの父親を演じるビリー・レイ・サイラスは、実際にマイリー・サイラスの父親でもある。一見、まるでリアリティーがないストーリーのように見えながら、実はサイラス父娘の現実と重なっているところが面白い。
マイリーが金髪の鬘をかぶって化粧をするだけでハンナ・モンタナに変身し、誰も気づかないのは極めて不自然だが、それはお約束だ。マイリーとしての恋人とのディナーと、ハンナとしての晩餐会が重なって、鬘を付けたりはずしたりしながら、マイリーになったりハンナになったりする場面など、ベタな笑いは吉本新喜劇か往年のドリフターズのコントのよう。ややすべり気味でもある。やたら物を壊す笑いなど、「バナナの皮で滑って転ぶ」レベルだ。登場人物もステレオタイプばかりで、ストーリーも予定調和に終始する。マイリーは米国の故郷でもあるカウボーイの町で自分を取り戻し、どんなにピンチに陥っても結局はヒロインに都合のいいように片が付く。それでも楽しく見ていられるのは、元気いっぱいで笑顔が可愛いマイリー・サイラスの魅力のおかげだろう。
アイドル映画としてはこれでいいと思う。劇中、歌い踊るマイリー・スチュワートは、ハンナ・モンタナとしてではなく、マイリー・サイラスとしても輝いていた。





























