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通映画批評

アンナと過ごした4日間

◆異形の愛を描いた傑作。多くの人に、是非とも見て欲しい(93点)

 これは間違いなく傑作だ。異形の愛を描いて、愛の純粋さや真実に迫ろうとしている。その姿勢は極めてストイックだ。

 舞台はポーランドの地方都市。病院の火葬場に勤めるレオン(アルトゥル・ステランコ)は、看護婦アンナ(キンガ・プレイス)の部屋を双眼鏡で覗くのが日課になっていた。レオンには、アンナがレイプされた場面を目撃し、間違って容疑者として逮捕された過去があった。病院を首になったレオンは、アンナを睡眠薬で眠らせ、部屋に忍び込むようになる。

 しかしレオンは「水のないプール」(1982)の主人公のように、アンナを犯したりはしないのである。最初の晩は服のボタンのほつれを直し、次の晩はアンナにペディキュアを塗る。3日目のアンナの誕生日には、盛装して花束と指輪を届けるのである。アンナの部屋に忍び込む4日間が、タイトルの意味だ。

 ポーランドの鬼才、イエジー・スコリモフスキの17年ぶりの新作という。彼の作品は「ザ・シャウト/さまよえる幻響」(1978)しか見たことがないが、本作には圧倒されてしまった。

 まず、画面の構図が凄い。スコリモフスキは詩人、ボクサー、ジャズドラマーであるとともに、画家でもあるという多才な人で、すべての場面が、「泰西名画」のように構図がきまっている。カラーだが、このままモノクロにしても成立するほど、光と影の配置が見事だ。そして、音楽の付け方が、物語を盛り上げるような、普通の付け方ではない。何か突然に不協和音が入ってくるような、異様な感じなのだ。主人公の実存的不安を表現しているようで、暗い画面ともぴったり合っている。

 俳優も凄い。アルトゥル・ステランコの容貌の奇怪さ。表情の底知れない暗さ。時にユーモラスで、時に不気味な動作のぎこちなさ。キンガ・プレイスの不幸な顔つきと、豊満な肉体。他の映画に比べ、セリフは極端に少ない。詩的な風景の中で、ある意味冷徹に、惨めな男の惨めな日常が描かれる。だが、この惨めさの中で、勝手に女の部屋に侵入して過ごすという変態的な行為が、なぜか奇跡のようにロマンチックな輝きを帯びてくる。

 レオンはアンナと、決して向き合おうとはしない。相手の視線の中に捉えられるのが怖いのである。一方でそれは、相手から全く何も期待しない愛でもある。普通、男女の愛というのは、お互いに相手と向き合い、相手の愛情を得ることで完結する。だが、レオンの愛は相手の愛情を得ることを一切望まないことで、純粋性を保つ。それは神への愛にも似ているし、オタクがアイドルに寄せる愛にも似ている。完結しない愛だからこそ、ロマンチックだともいえるし、予め悲劇性を孕んでいるともいえる。

 純粋性は長くは続かない。レオンがアンナの部屋で見せる奇妙な行動に笑いを誘われながらも、観客はその後の悲劇を予想する。喜劇と悲劇が背中合わせになっている。部屋に忍び込んだレオンがアンナと背中合わせで寝るように。

 レオンとアンナに一体どんな関係があるのか、レオンはアンナに何をしようとしているのか。変態行為は何を意味しているのか。時間が巧みに前後して語られるので、観客はすぐには分からない。それが見ていてドキドキするようなサスペンスを生む。全体の雰囲気は暗いけれど、決して難しい映画ではない。サスペンスもあれば、笑いもあるのだ。

 そして、ラストが衝撃的だ。この場面に「走る」というアクションを付けたスコリモフスキの映画的感性に、すっかり感動してしまった。

 山口県立大学准教授の渡辺克義さんによると、本作はクシシュトフ・キェシロフスキの監督作品と類似性があるという。私はキェシロフスキについては「ふたりのベロニカ」(1991)しか見ていない。本来ならスコリモフスキについて語る資格はないのかも知れない。本作をずいぶん前に見ながら、レビューが今になってしまったのは、キェシロフスキの「愛に関する短いフィルム」(1988)を見てから書くべきだと思ったからだ。しかし、その機会がないまま、本作の公開からずいぶん日が経ってしまった。この傑作を出来るだけ多くの人に見て欲しくて、あえて不勉強のままレビューを書いた。ストーカーの話なのでそのような被害に遭ったことのある女性にはお勧め出来ないが、そうでなければ、是非とも見て欲しい。きっと深く心を揺り動かされると思う。

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