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グラン・トリノ

◆実存主義者クリント・イーストウッドが到達した一つの頂点。「ダーティーハリー」と「ラスト・シューティスト」を意識しつつ、米国の正義を個人の行動によってアクロバティックに取り戻そうとした傑作(97点)

グラン・トリノ

© 2009 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

 本作には二つの「懺悔」の場面がある。一つは、教会での神への懺悔だ。頑固爺さんウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)は、神など全く信じていない。神父への問いかけにはシニカルに答えて本心を明かさない。それが、最後に敵のアジトに行く前に、少年の前で本当の懺悔をする。コワルスキーと少年とを隔てる鉄の扉が、懺悔室の小窓のように見える。

 この二つの場面の美しい対比は、クリント・イーストウッドが実存主義者であることを象徴している。フランスの哲学者サルトルに、「実存(事実存在=現実世界)は本質(本質存在=神の世界)に先立つ」という有名なテーゼがある。イーストウッドは神に懺悔する代わりに少年に懺悔することで、自らが実存の側にいることを示したのだ。

 イーストウッドにとって、本質存在(神の世界)は米国の建国神話=西部劇=ジョン・フォードとジョン・ウエインの世界にもつながっている。それは自らの出自が、米国の建国神話を否定したマカロニ・ウエスタン=セルジオ・レオーネにあるからだろう。イーストウッドにとって、ジョン・ウエインの西部劇は本質で、マカロニ・ウエスタンは実存なのだ。その後もいわゆる「米国の正義」が実は暴力に過ぎないことを告発したドン・シーゲル監督の「ダーティーハリー」にも主演し、シリーズ化して自らの代表作としている。

 「グラン・トリノ」はイーストウッドが否定してきた米国の建国神話や正義を、実存主義的な方法によって一瞬で取り戻し、肯定しようというアクロバティックな試みだ。それが奇跡的に成功している。

 妻に先立たれ、子供たちには敬遠されている朝鮮戦争の帰還兵の老人が、隣人のモン族を助けるために立ち向かうだけのストーリーだが、込められた意味は余りにも深く、多重的だ。モン族はいわば、国家として米国が見捨てた部分で、そのために米国の正義は地に落ちたのだが、この正義の凋落を、今度は「見捨てない」ことで個人として乗り越えようとしたのだ。

 「ダーティーハリー」と同じセリフを使っているように、「ダーティーハリー」を意識しつつ、自らかつての映画で否定した正義を、今度は逆方向で肯定してみせている。

 さらにこの映画は、イーストウッドにとっての本質存在ジョン・ウエインが最後に主演した「ラスト・シューティスト」とも響き合っている。ウエインが過去の主演作を振り返りつつ、ガンに冒された老人を過去のイメージのまま演じることで西部劇を終焉させたように、イーストウッドも病魔に冒されたハリー・キャラハンを演じることで、自らが否定し続けた米国の「ニセモノの正義」を「本当の正義として」再生しようとしたのだろう。「ラスト・シューティスト」の監督は、「ダーティーハリー」のドン・シーゲルだった。

 本作がイーストウッドの遺言のように受け止められているのは、ジョン・ウエインの遺作と重なっているからだけでなく、ある種の「尊厳死」がテーマのひとつになっているからだろう。「ミリオンダラー・ベイビー」では、尊厳死そのものをストレートに扱い、イーストウッドは実存主義者として神の救いを拒否し、人間としての尊厳を選んだ。本作でもその姿勢は変わっていない。老いたヒーローは最後までプライドを捨てなかった。自らがなすべきことを神に押し付け、プライドを捨てた生より、プライドに殉じることを選んだのだ。

 また、同時期に作った「チェンジリング」が母親の物語、これが父親の物語というふうに、両作がやはり美しい対比をなしている。

 移民、自動車など、映画に登場する一つ一つの要素が米国の歴史も象徴している。そして何より素晴らしいのは、これほど重層的な意味を持つ作品でありながら、シンプルな娯楽映画としても成立していることだ。贅肉を全て削ぎ落としたような、全くムダのない映像に、ムダのない展開。これほど自己言及的な作品でありながら、これほど単純な物語を紡ぐことが、本当に奇跡のように思えるのだ。

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