私は貝になりたい - 町田敦夫

◆名脚本家の50年越しの問題提起(60点)

 ちょうど半世紀前に放送された同名テレビドラマのリメイク作品だ。脚本は1958年のオリジナル版や、1994年の最初のリメイク版と同じ橋本忍。数々の黒沢映画に脚本を提供し、今年90歳になる老大家にとって、本作はことのほか思い入れの強い作品であるらしい。理髪師の清水豊松は、戦時中、上官の命令で捕虜の殺害に手を貸した。戦争が終わり、妻子との平凡な日常を取り戻したかに見えたある日、彼は戦犯として逮捕され……。

 老大家には失礼ながら、序盤の展開は少々ユルくて古臭い。久石譲の音楽もわざとらしくて大仰だ。だが、主人公が戦犯法廷で裁かれる段になると、作品の密度は一気に上がる。不十分な事実認定、偏向した裁判官、保身に走る上官、稚拙な通訳、弁護士の不在。監督の福澤克雄はこうした諸要素を畳みかけ、主人公の寄る辺なさと、戦犯法廷に対する疑問を効果的に表現する。首相の靖国参拝が毎回問題になるのは、そこに戦争“犯罪者”が合祀されているからだ。その意味で、「そもそも戦犯とは何なのか」と問題提起する本作は、いまも今日性を失ってはいない。

 58年版のフランキー堺、94年版の所ジョージに続き、今回はSMAPの中居正広が主人公の理髪師を演じた。善良で実直ではあるが、決して男らしくも立派でもない小市民像に、中居の個性がピッタリはまる。とりわけアイドル顔を封印して演じた、巣鴨プリズンに収監されてからの揺れがいい。まあ、髪を丸刈りにして撮影に臨んだだけでも、かつてポニーテールのままで特攻隊員の役を演じた誰かさんより真摯ではあるな。

 ただ、その小市民像が映画の主人公として魅力的かどうかは、また別の話だ。愛すべき妻子や、苦労して構えた店がありながら、死を前にした豊松は、自分の障害や不運に対する恨み辛みばかりを言い立て、「何もいいことのない人生だった」と愚痴るのみ。「貝になりたい」という発言に潜む家族への裏切りに、多くの善男善女は背を向けるだろう。

町田敦夫